(21) 験(げん)かつぎ
ありとあらゆる全てのことに験をかつぐ男がいた。この男の名は北矢洋二といった。験をかつぐとは、ある種の呪いである。過去によい結果だったから、それと同じことをして吉兆を呼び込もうとする行為だ。
白々と夜が明け始めた頃、北矢は自宅の離れにある専用の洞の中で護摩木を焚いていた。今日の朝食のおかずは何にしよう…と迷い、精神を集中するためである。昨日の朝は厚焼き卵を添えたが残念な一日になってしまったのだ。『よし! ここはひとつ験をかつごう…』と北矢は思った。三日前は納豆に白ネギを刻んで入れたものを添えたが、これがどうして、抜群の好結果を生んで、北矢フードの売り上げは跳ね上がったのだった。その験をかつごうというのである。そうと決断すれば北矢の動きは速い。アッ! という間に朝食の準備が整い、食べ終えていた。その間およそ15分。早食いは消化に悪そうだが、北矢は生れもって胃腸が弱く、雑炊とかお粥にして主食のご飯がわりにするのが日常だった。
「店長! また大口が舞い込みました! どうします? アルバイトを雇わないと品が揃えられませんよ!」
食後、洗い物をしていた北矢の携帯に責任者の坂波から一報が入った。
「ちょっと待ってくれ! 十分後にこちらから連絡する」
「分かりました…」
坂波は携帯を切った。北矢は足早にそそくさと、ふたたび洞へ向かった。洞へ入ると座り込み、一心に護摩木焚きである。そして、五分ばかりが経過した。
『今を遡ること二年前…あのときもアルバイトを雇おうとしたんだ。ところが、その日を境にどういう訳か売れ行きが落ち始めたんだった…。よし、これだな!』
北矢は立つとすぐ携帯を手にした。
「坂波君か! 悪いが大口は無理だ。当分は小口にしてくれ!」
「分かりました!」
その日の夕方、坂波から北矢にまた携帯が入った。
「店長! 小口にしてよかったですよ。朝に電話した大口の取引先ですが、先ほど不渡りを出し、倒産しました!」
「そうか、よかったじゃないか。ははは…」
坂波の携帯が切れた直後、北矢は夕飯のおかずを何にしようか…と護摩木を焚いていた。五分ばかりが過ぎ、おかずが決まった。北矢はそそくさと、炊事場へ向かった。どうも、しゃぶしゃぶに決まったようである。験がいいおかず、ということのようだ。
これは余談だが、北矢が北矢フードへ出勤した日は一度もない。すべては坂波が店長代理で店を取り仕切っている。そのすべての采配は北矢への携帯で決まるのである。
完




