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(2) 結果 オーライ!

 田上新次郎はボクシングの世界チャンピオンである。数年の下積みを経て希有な才能が花開いた数少ないボクサーの一人だった。その田上が世間の爆笑に翻弄ほんろうされていた。彼は先天的な生理上の問題を抱えていた。これは問題視されるような病的なものではなかった。彼は対戦中、あることで緊張したとき、必ず尿意を催すのだった。それは突然やって来た。対戦相手と打ち合っているときであろうと、ラウンドが終わりゴングでコーナーへ戻ったときであろうと関係なくやって来るのだった。

 解説席では、アナウンサーとゲスト解説者のボルテージが、かなり上がっていた。アナウンサーがたずねた。

「もう、そろそろ出ましょうか?!」

「ええ! 間違いないでしょう! ダダ漏れアッパー!!」

 解説者は興奮気味に返した。リング上の両コーナーでは対戦者が分かれて座っている。

「よし!! その調子だ!」

 ベンチサイドは田上を見ず、観客席をそれとなく見渡した。偶然を期待する密かな視線だ。ゴングが鳴り、マウスピースを口に入れられた田上はチェアーから勢いよく立ち上がった。そのとき、観客の一人が腕組みをした。田上の両眼は無意識にその男を見た。その瞬間、田上に異変が起きた。急激な尿意に襲われたのである。すでにファイトは始まっていた。尿意は小刻みの一定間隔で激しさを増した。田上は相手のジャブをガードし続けた。少しフットワークが変則気味になりだした。

「あっ! これは…」

 アナウンサーも固唾かたずを飲んで話すのをやめた。

「出ますよぉ~~!!」

 解説者の声が高まった。もう駄目だ! と思ったとき、田上はリング上で失禁していた。それと同時に相手はダウンし、気絶していた。失禁と同時に田上のカミソリアッパーが炸裂さくれつしたのだった。田上が得も言われぬ生理的な解放感に包まれ我に帰ったとき、レフェリーのカウントする声が聞こえた。

「2! … 3! … …」

 レフェリーは挑戦者が気絶していることを確認すると、試合を停止した。ゴングが激しくなった。その瞬間、田上とレフェリーの目があった。レフェリーは笑顔で両手を広げジェスチャーし、手でフロアを指さした。さも、汚いねぇ~、あんた…とでも言いたげなジェスチャーだった。

「出ましたねぇ~~!! ダダ漏れアッパー!!」

 アナウンサーも興奮していた。

「期待どおりでした!! しかし、笑える試合は、彼だけでしょうねぇ~!」

 解説者が言うとおり、場内は拍手と爆笑の渦になっていた。田上はグローブをはめたまま、後頭部を掻いて苦笑した。数人の係員がモップで床を拭きまわる。

「やりましたね!」

「ええ、また掃除させてしまいました!」

 リング上の勝利者インタビューに、ふたたび観客の大爆笑と拍手が起こった。

「いやいや、メンテナンスされる方も生活がありますから…」

 アナウンサーの嫌味に益々、爆笑のボルテージは高まった。


                     完

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