(19) 待ってました!
ここは、とある鉄道の駅前である。一人の男が、どこからともなくやって来て、地面にドッカ! と腰を下ろした。そして、じっと動かず、数時間ばかり佇むと、またどこかへ消え去った。この珍事が来る日も来る日も続いていた。初めのうちは見て見ぬふりで放置されていたが、その男は何をしているのか? と不審に思った誰かが駅に通報し、駅側もついに重い腰を上げ、駅員に職務質問させることにした。
「あんたねぇ~、こんなところで何しとるの?」
「… ?」
男は駅員の問いかけの意味が分からないのか、怪訝な眼差しで駅員を見た。
「だからね! あんた何してるのかって訊いてるのよ」
次第に駅員の語気も強くなった。
「別に何もしてないよ。座ってちゃ悪いかね?」
「… わ、悪くはないさ。悪くはないけどね、ここは駅の出入り口が近いからね」
「近いから、なんなの?」
「だからさ。通る人がね、気味悪がってさ…」
「それはその人の考え過ぎでしょうよ。だいいち、ここは駅の敷地内じゃないでしょ? 業務妨害でもないし…」
「そりゃ、そうなんですけどね…」
「だったら、いいじゃないですか。しばらくすれば、いなくなるんですから…」
「… まあ、いいですがね。早く去って下さいよ。私も、こんなこと言いたくないんですけどね。上から言われたんで言ってるだけなんですよ。悪く思わないで…」
駅員は這々(ほうほう)の態で足早に去った。完全な駅員の空振り三振である。男は気分を害したのか、しばらく仏頂面だったが、やがていつもの柔和な笑顔に戻った。そして数時間が経つと、その男は立ち上がって尻に敷いていた風呂敷を畳み、駅前から消え去った。男はその場を去る前に、『来ない…』と、意味なくいつも呟くのだった。
「おい! また来たぞ」
いつの間にか駅員の間でその男に三公と渾名がついた。とても忠犬ハチ公まではいかないや…と失笑された挙句の渾名である。そして、十年の歳月が流れた。
「おい! 七公が来たぜ…。あいつは感心な奴だ。誰かを待ってるに違ぇねえんだ…」
十年の間に巷で評判になったその男は、三公から七公にまで渾名が昇格していた。そんな寒いある日、自転車に乗った一人の店員が男のところへ息を切らせてやって来た。手にはラーメン用のおかもちを持っている。
「へいっ! お待ちっ!!」
「待ってました! でも、かかっちまったねぇ~、10年だっ!!」
「すみませんねぇ~、お客さん。つい混んでたもんで、忘れちまって…」
「まあ、いいさ。急ぐ人生でもないしね…」
そう言うと、男は店員に金を支払った。おかもちからラーメンを出しながら金を受け取った。
「待ってますから、冷めないうちに食っちまって下さいよ」
「寒いなか、悪いね!」
「いえ~、待たせましたからね」
二人は顔を見合わせ、大笑いした。そのあと、男はフゥ~フゥ~と吹きながら、熱いラーメンを美味そうに啜った。遠くで駅員二人が、その光景を眺めていた。
「やっぱり三公だぜ、ありゃ…」
「いやいや、そこまではいかんだろ」
二人は顔を見合わせ、大笑いした。
完




