(18) 小判
「あのう…これなんですが、お幾らくらいするもんでしょうか?」
とある銀行の窓口に現れた中津登志子は、恐る恐る女子行員に訊ねた。バッグの中から女子行員の前に差し出したのは一枚の小判である。
「えっ! …ちょっ、ちょっとお待ち下さい。専門の者をお呼びいたしますので…」
そう言うと、女子行員は席から立ち上がり、足早に奥へと消えていった。しばらくして、男子行員を伴って女子行員は戻ってきた。
「お待たせいたしました。この者に変わりますので…」
男子行員は置かれた一枚の小判を手にして驚いた。
「あの…失礼ですが、これをどちらで?」
「はあ、実はですね。昨日、年末の大掃除をしておりましたら、蔵から壺に入ったこれが出てきたんですよ」
登志子は、ありのままを一部始終、説明した。それによれば、この小判が壺にはまだ数百枚、入っているという。鑑定用ルーぺで小判を見る男子行員の顔色が少し変わった。
「驚きましたね。…これは、慶長小判金に間違いありません! お訊ねの件でございますが、小判は金としてのお値段と、骨董的価値としてのお値段が異なります。もちろん、骨董的価値の方が相当高うございますが、慶長小判金の場合、市場価格の相場取引では最低でも70万はいたしますでしょうか。むろん、今も言いましたように最低価格でございます。当行では生憎、この手の商品は取扱いをいたしておりません。プルーフ貨幣とかの金貨などは販売、買い取りをさせていただいておりますが…」
「そうなんですか…」
「あのう…お売りになるつもりでございますか?」
「いえ、そういう訳でもないんですけど、家においておきましてもね~。値打ち物なら金庫とかに入れとかなきゃなんないし…」
「お売りがご希望なら、骨董商がいろいろございますから、そちらで…。一度、役所の方とかでもご相談なさっては、いかがでしょうか」
「有難うございます。そういたしますわ…」
なんと親切な行員だろう…と思いながら、登志子は小判を大事そうにバッグへ入れると、お辞儀をして銀行を出た。
中津家へ戻った登志子は驚いた。家の表門の前は多くの報道陣が取り囲んでいた。登志子には、その訳が分からない。これかしら? とバッグを見たが、まさか…と思えた。このことを知るものは家族の者しかいない。まさか夫が…とは思えた。その可能性が、なくはなかった。久彦は口下手だから、うっかり洩らしたとも考えられる。そうだとすれば仕方ないわ…と思いながら、登志子は少し離れた横の通用門へと迂回した。しかし、そこにも報道陣はいた。
「あっ! 奥さまですか? 発見された壺のことを少しお訊かせて下さい!」
「あの…私は、なにも知らないんです、本当に!」
登志子は逃げるように家の中へ駆け込んだ。
次の日の朝、新聞やテレビ各局が中津家の壺の話題を賑やかに報じていた。
「派手に出てるな。俺のせいだ、申し訳ない。つい、口が滑っちまったんだ…」
夫の久彦は新聞を見ながら登志子に謝った。
「仕方ないわよ。一枚70万以上だって。…ってことは、に、2千万以上!! ど、どうする、あなた!」
「どうもこうも…これもご先祖様の助けだ! 建て変えたこの家の住宅ローンが完済できるぞ!」
数日後、報道陣を前に記者会見が行われた。フラッシュが激しく焚かれる中、壺を挟み満面の笑みで会見に臨んだ二人だったが、壺を開けた途端、中の小判は忽然と消えていた。そして、壺の中には一枚の紙に炭書が認められ入っていた。
- やはり、お主らには任されぬものと心得ござさうろふ この金子は子孫のため預かりいたすべくさうろふ 借財は自らをもって返却されるべしと思ひ致しさふらふ ━
二人は唖然とした。候文は後日、口語訳され、一般に公開された。
「こんなことって、ある? 信じらんない!!」
登志子の鼻息は荒い。
「俺も信じられんが、消えたものは消えたんだ。見つからなかった、と思えばいいじゃないか」
「まあ、そうだけど… …」
30年後、住宅ローンは無事、完済された。それと時を同じくして、壺の中に、ふたたび小判が現れた。二人はそのことを知らない。
完




