(16) ご神杖[しんじょう]
篝火が煌々(こうこう)と焚かれ、村のあちらこちらで火の粉を舞わせて輝いている。霊験あらたかな先万神社の例大祭である。このお社の例大祭は一週間、夜っぴいて行われる伝統行事だ。ご祭神は一本の杖である。洩れ聞くところによれば、昔々、一人の杖をついた老人がこの村へやってきて、神のお告げを言うと杖を残し、たちどころに消え去った・・という言い伝えがあった。それから先、この村では時折り起こる干ばつがなくなり、万物の豊穣の年が続いた。村人達は老人が神の化身に違いない、と固く信じた。そして、その老人が残した杖を、ご神杖と崇め、御社を奉納して祭った・・とも言い伝えられていた。
いつの時代にも心善からぬ者はいるものである。このご神杖である杖の言われをどこで耳にしたのか、一人の男がこの村へやってきた。村人達は最初、不審がったが、悪さをする訳でもなく、交番の巡査も手出しができなかった。その男はホームレスのようにこの村に住みついた。哀れがってその男に食い物を与える村人もでて、月日は流れていった。そして半年後、神社の例大祭がやってきたのである。宮司が祭礼準備でご神杖を検めようと御神箱を開けると、中に入っているはずの杖が忽然と消えていた。宮司は驚愕し、そのことを村の総代に伝えた。
「ええっ!」
総代が腰を抜かして驚いたのは申すまでもなかった。それと相前後して、この村に住みついた男は姿を暗ましたのだった。村人や交番巡査が口惜しがったのは言うまでもない。ところが、男はひょんなことで捕まった。ご神杖を盗んで悦に入っていたその男は、その日以降、眠れなくなったのである。眠れない日々が続き、ついに男は痩せ衰えた挙句、村へご神杖を返しにフラフラと舞い戻ったのだった。
「どうか、眠らせて下さい!」
交番に現れたその男は、盗んだご神杖を巡査の前へ差し出すと開口一番、懇願するようにそう言ったそうである。この話には後日談がある。捕われたその男は改心し、罪を償ったあと、この神社で宮司の下男をしている。男の話によれば、よく眠れるようになった代りに、杖で頭を軽く叩かれる夢をよく見るそうである。夢ならいいと思えるが、痛いそうだ。
夜も更け、篝火の輝きも一段と際だってきた。今年も賑やかな御祭礼が繰り広げられている。下男が篝火の薪を足している姿が見える。
完




