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(14) 屋上にて

 すがすがしい行楽日和となった五月のゴールデンウイークである。連休ということもあり、世間では例年の交通ラッシュが起きていた。田所はそんな世間に嫌気がさし、マンションの屋上で青空に流れる雲をながめていた。彼の横には地上に向かって釣り下げられた一本の釣竿があった。糸の先にはドーナツがえさ代わりに付けられていた。餌は何でもよかったのだが、下から舞い上がる風圧を考えてのことだった。田所は屋上で釣り気分にひたっていたのである。この光景は尋常ではない。ただ、辺りに人の気配はなく、田所一人という状況のみを考えれば、あながち異常とも言えないものがあった。屋上へ釣竿を持ち込んで地上に向かって糸を垂らそうと、取り立てて妙なことではない。他人がいて、その状況を見れば確かに違和感はあり、まともな者の所作とは思えないのだが、誰もいないのだから違和感は生じなかった。では、田所はどういう気分で糸を垂れていたか・・ということである。彼の頭の想念は鯉幟こいのぼりならぬ鯉釣りだった。

 田所は心地よくなりまぶたを閉ざしたが、時折り目を開けては竿の具合をまさぐった。だが彼は竿の先は見なかった。想念の邪魔になるからである。想念では、ほどよい大きさの池のほとりにいて、竿を垂れているのだ。水面みなもには時折り、鯉が跳ねていた。

「オッ! かかったか!」

 竿がしなる微音に、田所は跳ね起き、叫んだ。次の瞬間、田所は釣竿を握りしめていた。糸の先には、強風にあおられたのか、切れて飛んできた隣家の鯉幟が引っかかっていた。

「こりゃ、大物だっ!」

 田所はニタリと笑い、したり顔になった。


                      完

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