(11) そういうことです
友則は小学生だが、非常に物分かりのよい少年である。1を聞いて10を知る・・的な理知に富んだ頭の切れがあった。昔なら、こういう少年は軍師に取り立てられるのだろうが、現在の文明社会では果してどうなのだろう。
ここは友則が通う小学校である。いつものように簡単な小テストの答案用紙がクラスの全員に返されていた。
「池山! …これでは、もう少し頑張らんとな、ははは…」
教師の隅田が答案を返しながら笑った。
「次! 福崎! … お前には先生が教えてもらいたいくらいだ。皆! 福崎は今回も満点だ!」
答案を受け取る友則に、クラスの誰彼となく拍手がわき起こり、激しい響きで高鳴った。
「そういうことです…」
友則は、照れながら自席へ戻った。物分かりがいいからといって、友則は惚れるということがなかった。自分が物分かりがいいのは、天が自分に授けてくれた天分だと思っていた。それは物心ついた頃から始まり、今も変わっていなかった。謙遜しているという意識もなく、自然とそう思えているのだから態とらしさも表だって現れなかった。そんな性格からか、クラスでは浮くこともなく、クラス委員や生徒会長のポストに至極、当たり前のように推されたが、彼は快く引き受けた。
友則が他のクラス仲間と違ったのは、全員に敬語を使うところだった。彼は自分が物分かりがいいことを他の者達より自分が一歩、程度が低い・・と思えていた。だから、天が自分にそういう才能を与えたのだと…。こういう考えの持ち主だったから、友則は自宅でも当然、両親には敬語で話した。
「お帰り! 今日は、少し遅かったわね」
「はい、分からない問題を教えてくれとクラスの戸上さんに言われたので、教えてあげていました。…そういうことです」
「ああ、そうなの…」
こうした、日々が続いた。ある日、友則の学校に火災が発生した。
「皆さん、こちらへ逃げて下さい!」
友則は瞬時の判断で、生徒達に逃げる方向を指して叫んだ。階下の家庭科用調理室から発生した火災の煙は瞬く間に噴き上がり、友則達の教室へ迫っていた。友則は校舎の構造を熟知していて、煙道がどうなるかを即断したのだった。結果、煙道と反対方向にある非常階段へ生徒達を誘導し、教師を含む全員が無事にグラウンドへと退避出来た。息を切らして最後にグラウンドへ駆け下りた教師の隅田が福崎に駆け寄った。
「さすがは福崎だ! 偉いぞ。風向きで分かったか?」
「そうじゃないんです、先生」
「じゃあ、なぜだ?」
「煙道を考えたんです」
「煙の通り道か?」
「そういうことです…」
「お前は大した奴だ! 大物になるぞ」
「いえ、僕はならないと思います。なる人を手助けすることはあると思いますが…」
「影の存在だな」
「そういうことです…」
二人は互いの顔を見て笑った。火災は幸い、調理室を焼いたのみで鎮火した。
完




