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(100)  結願[けちがん]

 コングロマーチャント[複合小売業]の総帥そうすいを息子に譲り、今や悠々自適ゆうゆうじてき中津なかつ諭次郎さとじろう鯛膳たいぜんと名を改め、号した。彼の場合の結願けちがんはそう大層たいそうなものではなく、セコかった。彼はそんなセコい願いごとが生じると、すぐさま彼専用のほこらへとこもったのである。そして、生じた願いごと、…いわばセコごとを護摩木ごまぎに書きしるし、べた。そんな鯛膳だったが、彼が宗教を信心する修験者なのか? といえば、決してそうではなく、ただの俗人だった。ただ、妙なことに、この作法にのっとって焚かれた願いごとは不思議なほど確実に成就されるのだった。それがなぜか? は、当の本人の鯛膳にも分からなかった。ただ、彼はその結願が成就すると、祠へ必ず鯛を塩釜しおがまにして奉じたのである。鯛膳の場合、神仏というのでもない自然のオーラに対して奉じたのだった。それが済むと、彼の場合、すぐ直会なおらいとなる。直会はひとり勝手にカラオケを唄いながら踊るという趣向しゅこうである。そして、塩釜にしたまみの鯛を頬張りながら、ニヤニヤと愉快に酒を飲むのである。酒はビール、日本酒、洋酒を問わず、何でもよかった。

 彼が結願の護摩木を焚いてから一週間後のことだった。

「ははは…今回も見事に結願だ!」

 赤ら顔の鯛膳はカラオケに合わせて唄いまくり、踊った。そして、いつの間にか深い眠りへと落ちていった。

 冷えで、鯛膳がふと目覚めたとき、空は白々と明け始めていた。今回の鯛膳は、舌がとろけるような高級肉を食いたいと思ったのだった。結願より一週間後の昼、彼はブランド牛のステーキを一流レストランで食す機会を得ていた。お付きの者達に医師が言う健康上の理由とかで、規制され続けていたのだが、その思いがやっと実現したのである。彼の結願は大人物のわりにはセコくて小さかったが、人生の充実感を与えるものだった。


                 完

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