Stand by me
電話がかかってくるのは、きまって明け方だ。
「やりきれないんだ。そばにいてくれ」
また泣いてやがる、とおれは舌打ちする。電話越しにも、聞こえているはず。
だが奴はしゃくりあげるばかりだ。
「いいかげんにしろ、朝っぱらから」
「まだ夜だ」
「非常識な時間には変わりないだろ」
泣いているくせに、きまって冷静な回答をよこすところも気に食わない。
たしかに冬の朝の午前5時は、まだ真っ暗で夜と変わりないかもしれないが。
おれはため息をついた。
これを尋くのは何度目だろう。
「なにがあった」
しゃくりあげる間隔が空いてくる。
なにか言おうとしては、言葉にならず音のかたまりがはねかえるばかりだ。
「思い出せない」
「ふざけんなよ」
いつもこうだ。
いつも同じ答えだから、尋かなくてもわかっていた。
だが、聞かなければならない。
おれしか、こいつの相手をしてやるやつなんて、いないんだから。
「たださびしいんだ」
「おれだってさびしい」
「うそだ。いつだってひとりでも飄々として、そのくせみんなに頼られてて、いつでもみんなにかこまれてて...」
「不特定多数にかこまれていることと、そいつ個人の充足とは無関係だろう」
何度言えばわかるんだ、とおれは奥歯を噛んだ。
「おれがさびしいのは、」
電話が切れた。砂嵐のノイズが、耳を覆う。
深く、息を吐く。
「最後まで聞けよ」
いつも、最後まで言えずに電話が切れる。
机の上の、もうひとつの携帯電話を見やる。おれとは機種が違うので、充電することができない。そのためか、いつしか液晶画面はなにも映さなくなっていた。奴の、忘れていった携帯電話。
「どっちの台詞だ」
言いたいことがあるのなら、傍に来て言え。
電話をかけることができるんなら、おれの家にだって、来られるんじゃないのか。
おなじようなことじゃないか。それとも、おれに見えないだけか。
つぶやくように、奴の名前を呼んだ。
そこにいるのか、いないのか、わからない。
ただわかるのは明け方、5時過ぎの電話。
このときだけは、死んだ友人が、電話越しにそばにいる。