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12.大破局で何が起こったのか

 「地の果てより熱をまとった風が渡り、木々を、家を、友を、夫を、子を焼いて去っていった。そうして残りたるは、わたししかいない、果てしない大地(訳者注:原文ママ)」


 これは、第二次青銅器時代初期に成立した叙事詩『ナツカシキアノヒ』に謳われた、『大破局』と呼ばれる天変地異の描写である。文献史料において陶金併用時代の終焉を記録する史料は現在のところこれしか存在しない。

 まずは「ナツカシキアノヒ」について説明しよう。この史料の成立は第二次青銅器時代初期である。しかしながら、この史料は陶金併用時代の終焉頃から書かれ始め、この作者の死まで書かれ続けたものと考えられているので、正確な成立年代には留意が必要である。この叙事詩の中で著者は名乗ることはないし名を残してはいないが、後世の人々により『最初の人』と呼ばれ、文芸分野においては始祖として尊崇を集めている。作中での描写から女性、中年から老年に差し掛かった女性ではないかと考えられている。

 この叙事詩は三部に分かれている。第一部は陶金併用時代の栄華を背景にした主人公である『わたし』(「最初の人」に擬せられる)が平穏な毎日を過ごしている描写が続く。しかし、第二部において大破局が起こり家族と死に別れ文明が消滅するまでを描く。そして第三部において、生き残った二十家族において指導的な役割をこの『わたし』が果たし時折他の人たちと衝突しながらも生活を再建する姿が描かれる。(注1)

 この史料の中で注目されるのは、文明を破壊したとされる『大破局』の日に現れた『最果ての炎』なる現象である。具体的には何が起こったのかは分からない。だが、「ナツカシキアノヒ」の描写が正しいとすれば、ある日海上に火の玉のような光球が浮かび上がり、その光球が爆発的に膨張した。これにより陶金併用時代の建造物や構造物がすべて破壊されたのだという。白色無機質構造体で構成された建造物や、金属製の遺物を軒並み破壊するほどの大爆発が起こったとはにわかには想像しがたいが、確かに考古学的な見地からも何らかの強烈な力によって建造物が引きちぎられて倒壊している状況を示す遺跡は多い。

 もちろん、文献史料、とくに創作物であることが明らかな本史料を鵜呑みにすることはできない。この史料の中で謳われている「最果ての炎」なるものが何かの比喩である可能性も十分ある。

 しかしながら、

「わたしは聞いた。人々がすり潰される音を聞いた。文明が破壊される音を聞いた。木々が燃えゆく音を聞いた。そして、わたしを包むすべてが崩れる音を聞いた(訳者注、原文ママ)」

や、

「何の前触れも虫の知らせもなく訪れた災厄は、生きとし生けるものたちの怨嗟の声を、『ゴゴ』という音だけに纏めて、死神へと差し出すはずの死をおしなべて無の世界へと追いやってしまった(訳者注:原文ママ)」

 など、真に迫った表現が無数に存在する点なども、この史料の信憑性を高めている、と述べる研究者もある(注2)。

 何が起こったのかは分からない。しかしながら、この時代に文明の根幹を破壊してしまうような何かが起こり、文明に壊滅的な影響を受け、史料や遺物の大量破壊が起こったのである。

 

 そして、「ナツカシキアノヒ」第三部には、『敵対者』と呼ばれる女性が登場する。

 大破局から立ち上がり生活を始める人々の一人であるこの『敵対者』は、ことあるごとに指導者である『わたし』と衝突し、『わたし』を中心とするムラにおいて波乱を起こす存在として描かれている。しかし一方で彼女は、火の起こし方や青銅器の作り方、土器の製作方法や動物を捕える罠の作り方、家畜の育て方などの知識を『わたし』に伝えている。

 神話学の見地からはいわゆる『トリックスター』的な立場が与えられているという指摘もあるが、考古学の立場から見れば、彼女のもたらした知識は第一次青銅器時代の知識そのものである。ちなみに第二次青銅器時代は500年ほど続いたとされているが、その生活様式は非常に第一次青銅器時代の生活様式に似通っている。このことから、『敵対者』が元は陶金併用時代においては考古学者だったのではないかという説もある(注3)。とにかく、『敵対者』がもたらした青銅器文化が、我々の文化の直接の祖先となったという意味において、『敵対者』こそが我々の文明の始祖であるとも言えるかもしれない。


(注1)

 どうやら『わたし(最初の人)』はかなり思い込みの激しい人物だったらしく、後世の目から見れば妥当と思われることにも反対をして周囲との間に無用な軋轢を生んでいたようである。『敵対者』との軋轢もそのような性質のものが多かったとされる(なお、『敵対者』は『わたし』よりも40歳以上歳が下であろうと推定されている)。


(注2)

 真に迫るからといって、史料の学問的信憑性が高まることはない。念のため記す。


(注3)

 前講でも触れた偽書「考古学入門」の序文には、「この書(=考古学入門)は考古学の知識で以って我々に恩恵をもたらした『敵対者』の弟子たちが、彼女の死から十年の月日が経った日に、遺徳を偲び纏めたものである」とある。この「考古学入門」の成立年代が紀元1000年程度までしか遡ることが出来ない為この記述は明らかな嘘であるが、『敵対者』の知識が伝達されるうちに学問として成立し、その結果が「考古学入門」に反映されたとする意見もある。


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