8話 【服を身につけましょう】
いかな幽霊とは言え、一糸纏わずという出で立ちは如何なものだろうか。
成長途中のような未発達な身体つきとはいえ、胸は見て判る程度には膨らんでいるし、細いながら丸みを帯びている肢体ははっきり言って目の毒である。
さすがに凝視するわけにもいかず(本人は気にしない可能性が高いが)、微妙に視線を逸らし青年は嘆息する。
「くま…幽霊であっても年頃の娘が素っ裸というのは拙いと思うぞ。服は身に着けられないのか?」
『服?』
「…身体を隠す衣類だ」
このような、と青年は自らの夜着の襟を摘まんでみせる。娘は納得したように手を叩く。(ように見える。音はしない)
『ああ!…どうせ見えないからいいかな~ってそのままだったんだけど…隠さなきゃダメなの?』
記憶がないという幽霊の少女は、どうやら年頃の娘が持つ相応の羞恥心すら何処かに置き忘れているらしい。不思議そうに自分の半透明の身体を見下ろし首を傾げている。実際のところ、他の者に見えなければ青年としては特に困るわけではないのだが。
「ダメ。何でもいいから何か着ろ」
『ええと…着るってどうすればいいのかな?』
困ったように首を傾げる半透明の少女に青年は再び嘆息する。幽霊の着衣など知るわけがない。
「気合いで茶が飲めたんだ。服も気合いで何とかして見せろ」
『む?…む~ん…』
言われたことを真に受けて眉を寄せて少女が唸ると、ふわり、と風を纏うように白っぽい衣類で娘の身体が覆われた。
『ど、どうかなっ!?』
「…却下。私と同じ格好にするのはやめろ」
先程『このようなもの』として例にしたせいか、少女が纏ったのは青年と全く同じ夜着だった。全裸よりはマシかもしれないが、夜着だって人前に出られる格好ではない。
『ええ!?さっきこんなのって言ったのにぃ~』
「服としての説明だ!そもそも、わざわざ夜着にせずとも、もっと別の服を考えればいいだろう!ドレスとか!」
『ドレスって、あのコみたいな?…う~ん。動きにくそうでやだな~』
確かにごてごてと飾りの付いたドレスは、裾も長く広がり動き易くはないだろう。けれど、動き易さとか幽霊的には重要なのだろうか…?
「スカートでもズボンでも好きにすればいいが、夜着と裸はやめろ」
幽霊の少女はちょっと首を傾げて何やら考えていたようだが、とにかく気合(?)で衣服を身に着けることは出来るようだと解ったためか、先程より素早く変化が見られた。
『これならどうかな?』
そう言ってくるりと回って見せた姿は、よく見る侍女の服装だった。もっとも髪が纏められず流れたままなのでちぐはぐな印象は否めない。
「…髪の長さとお仕着せがまるで合わないな…」
ぼそりと青年が呟くと、ええ~っと少女が眉を下げる。一番見かける服にしたのに青年の要求はなかなか厳しい。侍女服以外の動き易い服が思い当らなかったので、面倒になった娘はもういいやとばかりに余分な装飾を取っ払って極々シンプルなワンピースに変えてみた。もともと白っぽい半透明な幽霊が白っぽいワンピースを着た姿は実にそれらしく、違和感がなかった。