表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真夜中のお茶会  作者: ねむりねこ
番外編
80/81

【マティアスと白い花 4】

ちょっと長いです。

 マティアスが祈りの間で人事不省に陥り、訪れた神官長に発見され驚かせ、更に周囲を巻き込んで慌てさせ、やれ安静だ薬だと騒がれて数日。

 ようやく寝台から離れる許可をもらい、マティアスは祈りの間に来ていた。

 今日はこれから雨が降るのか空はどんよりと曇っているが、それでも大きな窓のおかげで自室よりは明るい。


「曇っていても日光浴って言うんですかねえ?」


 果たして効果はあるのだろうか、と疑問に思うが、ここに鉢植えを置きに来るのはもう日課のようなものなので、口で言うほどには気にしていない。

 寝込んでいる間に葉は四枚になっていた。


「すくすくと育っていますよねえ。葉っぱだけなら」


 一枚目よりも二枚目が、二枚目よりも三枚目、それよりもさらに四枚目が一回りずつ大きな葉になっている。後二・三枚葉が付けば、立派な苗木の様に見える事だろう。――根さえあれば。


「何で根っこが出ませんかねえ?」


 後で庭師に尋ねてみた方がいいかもしれない。

 そんなことを思いながらマティアスは窓に寄り掛かる。

 今日は曇っているので暖かくはないが、まだ怠さの残る身体は何かに凭れると少し楽なのだ。

 地方神殿への出向から帰った直後倒れたこともあって、マティアスには復調するまでの間休暇が与えられた。人材を使い潰すような職場で無くて本当に良かったと思う反面、暇を持て余しているのも事実だ。

 いつもならば術式の構成の研究にのめり込むところだが、体調のせいかぼんやりと考えが纏まらず、何をする気も起きない。

 いっそのこと、とことんまでぼんやりしてみようかと鉢植えと共に日光浴としゃれこんだのだが、こんな時に限って曇り空と来ている。

 まあ、それでも自室に籠っているよりはマシだろう、と目を閉じると、入り口の扉が開く音がした。


「マティアス?」


 呼ばれた後、ばたばたと駆け寄る気配にマティアスは閉じかけた目をぱちりと開けた。


「また具合が悪いのか!?つか、具合悪かったら寝てろよ!動き回ってるんじゃねえよ!!」

「あー……。すみません。大丈夫です。具合が悪いわけじゃありません」


 心配そうに怒鳴ってきたのはマティアスと同期の同僚だった。

 一緒にこの神殿で育った同僚でもある。

 ついこの間倒れた場所がこの祈りの間だったので、状況が被って慌てたのだろう。


「鉢植えを陽に当てに来たのですが、暇だったもので、つい」

「陽にって、曇ってるけど?」


 怪訝そうに眉を寄せる同僚にマティアスも苦笑を返す。


「そうなんですよねえ。曇ってても意味はあるのかとか、明るいから部屋よりはましかな、とか思ってたら眠くなりまして」

「眠くって、お前」

「部屋に戻って眠るのも面倒だな―と思って」


 マティアスの言葉に呆れたような顔をしていた同僚は、怒ったように眉を寄せる。


「面倒くさがるなよ!」

「はあ。すみません」


 心配されているのは解っているのでマティアスは素直に謝罪を口にする。けれど、長い付き合いである同僚はそれが口先だけであると判ってしまう。仕方がない奴だ、と半ば諦め苦笑を浮かべた。


「まあ、具合が悪いわけじゃないならいいけどな。無理はすんなよ」

「しませんよ」


 嘘だ。と同僚は内心で突っ込む。無理をしていなければ今の状況は無い。マティアスはこうした事態に陥ることが珍しくはないのだ。


「とか何とか、お前は笑いながら無理するからな。そこんとこは信用できない」

「そうですか?」

「そうなの!……あんま心配かけんなよ」


 きょとん、と返され同僚は声を荒げそうになり、直ぐに無駄を悟ってふう、と溜息を吐いた。聡いマティアスが気付いていないわけがないのだ。解っていて直す気がないのだ、と言う事だ。

 マティアスとて好きで無理をしているわけではないし、気のいい同僚の気持を無碍にするつもりも無い。幾分苦笑気味に、嘘にならない約束を返した。


「……努力します」

「努力が必要な事か、それ?……まあ、いいや。部屋まで戻るなら手を貸すけど?」

「いえ。横になってばかりだと身体が鈍りそうですし、もう少しのんびりしていきますよ。それよりも何か用事があったのでは?」


 普段、祈りと用事のある者以外立ち入らない部屋なのだ。

 マティアスの言葉で同僚ははっとした表情になり、本来の用件を思いだしたようだった。


「あ!そうだった。予備の聖石取りに来たんだった」

「ああ。邪霊付きが出ましたか?」

「そうそう。まだ日が浅いから聖石で結界張ってなんとかなりそう」

「そうですか。それは、よかった」

「だな。じゃあ俺は行くけど、寝るならちゃんと部屋に帰って寝ろよ?」

「ええ、わかっていますよ。ありがとう」


 聖石を持って気のいい同僚は祈りの間を出て行く。

 戻った静けさに、マティアスはほっと息を吐く。

 人が嫌いなわけじゃない。賑やかな場所が苦手なわけでもない。それでも、この静かな空間に身を置くと不思議な程気が休まるように思う。


「やっぱり、疲れているんでしょうかねえ……」


 見上げた窓に、ぽつり、と雫が当たって弾けた。

 ぽつ、ぽつ、と次々に落ちてきた雫は、やがて間断なく降り注ぐ雨の帳へと変わる。

 出歩くのには向かない天候だが、作物にとっては恵みの雨となる。

 大きな窓ガラスを雨が伝い流れる。

 雨上がりの空は澄んで気持のいい風が吹くだろう。雨に洗われた草や木の葉はきっと鮮やかに目に映るだろう。

 この雨が上がったら、散歩がてら庭師の元を訪れよう。

 静かな室内に響く雨音を聴きながら、マティアスはそんなことを考える。

 考えながら、いつの間にかうつらうつらしていたらしい。気が付くと目の前に神官長の姿があった。少しばかり驚いて身体を起こすと、はらりと毛布が滑り落ちた。


「起きたか」

「……おはようございます」

「おはよう。身体は痛まんか?」

「はい、あの、これ。ありがとうございます」


 マティアスが恐縮しながら毛布を持ち上げると、神官長がにこりと微笑んだ。どうやら眠るマティアスに毛布を掛けてくれたのは神官長らしい。


「起こすべきかとも思ったんだが。まあ、気持ち良さそうに寝ておったからな」

「はあ。すみません」

「よいよい。ただ、所構わず眠っておると、また倒れたのかと勘違いする者がおろうて」

「ですねえ」


 雨が降る前も同僚に心配されたので、その事についてマティアスは反論する気はない。


「お主は辛い、苦しいと顔に出さんからの。傍目に判りにくい」

「そうでしょうか?」


 マティアスが首を傾げると、神官長は目を細め苦笑を浮かべた。


「自覚しておるのにはぐらかすのはお主の悪い癖だな。小さな頃から変わらん。困ったものだな」

「……」

「負った傷は向こうで塞いできたようだが、失った血と魔力はそう簡単に戻るものでもない。平気な顔で帰って来て直後にぶっ倒れられてはたまらん……と、報告を受けた担当者が愚痴っておったぞ?」

「それは……すみません」


 どうやら上司の苦情が神官長に届いたらしい。余計な事を言うものだ。


「私もここで倒れているお主を見つけてどれほど驚いたか。寿命が縮んでいたらお主のせいにしておこう」

「それは何か違うような」


 反射的に言い返すと、神官長は片眉を上げ窘めるような視線をマティアスに向けた。


「ほほう。反論するとはいい度胸よな。皆に心配をかけた反省はしておらんのかのぅ?」

「神官長……」


 困ったように眉を下げるマティアスに、神官長は手のかかる子供を見るような表情を向けた。

 実際には子供の頃から察しが良く、聞き分けの良かったマティアスは誰よりも手がかからなかった。だからこそ神官長はマティアスの性質を危ぶむ。


「マティアス。お主は、お主が思うよりもずっと皆に慕われておる。よく心に刻むことだ。確かにお主の能力や功績を妬み面白くないと思う者もおる。だが、それ以上に好意も感謝も寄せられておるのだ。お主が倒れれば心配をする者が多数おる。それを忘れてはならんよ」

「……はい」

「少し、自身を労わる事を覚えよ」


 労われ、とは言うが、どうやってとマティアスは首を傾げる。察したように神官長は微笑んだ。


「簡単な事だよ。疲れたのなら疲れたと、無理であるなら無理だと口に出しなさい」

「そんなことは……」


 仕事なのに出来ませんとは言えないだろう。


「言わぬから、これでもかと果たした上の要求を突き付けられる。言えば、ならばどうするかと考えるようになる。お主一人が無理を押して背負い込む必要はどこにもない。これまでは何とかなった。しかし、次がなんとかなるとは限らない。手に負えなくなった時、お主はなんとするつもりだった?」


 問われ、マティアスは考える間もなく反射的に答えていた。


「受けた仕事は何としても果たします」


 考えるまでも無い、刻み込まれた意識。

 その言葉に神官長は首を振り、溜息を吐く。


「それでは答えになっておらん。確かにお主は稀に見るほど優秀で、今までどのような事態も納めてきた。誰もお主が限界までその身を削っているのだと気付きもせなんだ。そうしてお主が倒れた後、後悔に苛まれるのかの?此度の様に」

「そんなことは……っ」


 反論しようとするマティアスに、続きを許さないとばかりに神官長は言葉を重ねる。


「全てを一人で背負う事など、誰にも出来はしないのだよ。それは傲慢と言うものだ。自分でどうにかできる、なんとかなる。頑なに思い込んだ結果がどうなるか――お主は知っているだろう?」

「……あ」


 思い当たり、マティアスははっとする。

 帰って来た時に『何故隠そうとするのか、もっと早くに手を打てば』と考えたのではなかったか?

 マティアスは失敗を隠そうとしたわけではない。それでも自分だけでなんとかしなくてはならないと動いたのは同じことだと気付いた。

 もし、自分の手に負えていなかったら?

 今回はうまくいった。けれど、次もうまくいくとは限らない。そうなったら、自分はともかく、周囲の者達はどうなる?

 事態の更なる悪化が可能性としてあったと今更ながらに気付き、マティアスは言葉を失う。


「何ものにも頼らず一人で立つ。成程、それは凛々しく雄々しく誰しもが憧れ称賛を贈るものかもしれん。だが、本当に一人でやらねば為らぬことがいったいどれ程あるというのかの。お主は強い。並び立てるものは少なかろう。だが、神官はお主一人では無いのだよ。此度の件も、一人の力は及ばずとも数を揃えての仕儀ならばいかようにも手立てがあった。お主一人が傷つくことは……そんな必要はどこにもなかったのだよ」

「……申し訳、ありません……」


 言われるまで気付かないとは、なんて鈍いのかとマティアスは項垂れる。そんなマティアスに、神官長は仕方のない奴だと言わんばかりの視線を送る。


「責めておるのではない。もう少し、己が身を大事にしなさい、と言うておる」

「はい……」


 小さな子供に戻ったようにしょんぼりとしているマティアスの様子がおかしくて、神官長は叱るのはこの辺にしておこうかと目を細める。


「まあ、説教が先になってしもうたがの。よう、頑張ったな」


 くしゃり、と俯いた頭を撫でられた。

 子供のように扱われ、マティアスは憮然とする。


「先に褒めて下さいよ」

「褒めたら反省はせんだろうが。特にお主は頑固ゆえな」


 何せ親代わりだ。神官長にはマティアスの性格などとっくに見抜かれている。敵うわけがなかった。


「否定出来ませんねぇ」

「一見、当たりは柔らかいからのう。気付かん者も多かろうて」

「別に気付かなくても」


 問題ない、と言いかけたマティスに神官長の片眉が上がり、即行で修正を余儀なくされる。


「言っておくが、親しいものは皆知っておるからの?」

「あー……ですよねえ」


 全く誰とも関わらずに育って来たわけではない。兄弟のように、家族のように共に長い時間を過ごして来た者も大勢いる。

 付き合いの長い彼等にはマティアスの性格も行動も、多少の差はあれど知られていない訳はない。

 神官長はしたり顔で助言のように呟く。


「早々に詫びの一つも入れた方が得策と言うておく」

「う~ん……。そうですね。お詫びに菓子の一つも配っておきましょうか」

「私には山猫亭の焼き菓子でよいぞ。まるいやつで真ん中に蜂蜜漬けの金柑が入ったものが美味い……」


 ちゃっかり自分の分まで要求する神官長にマティアスは温い視線を送る。

 いや、もとより神官長にも渡すつもりであったけれど。皆に……と言いながら、もしかしたら自分が菓子を食べたかっただけなんじゃないのか、と疑惑が募る。


「神官長……」

「……」


 問い質すようなマティアスの視線に気付かない振りで窓の外に逸らされた神官長の顔。何気ない風を装っていても、何時もまっ直ぐに顔を見て話す神官長を知っているだけに、その行動は不自然で解りやすい。

 こんなところはとても神殿の偉い人には見えないな、とマティアスは笑みを浮かべる。


「お好きなんですね?」

「……うむ」

「わかりました。明日、雨が上がったら行って来ますよ」

「そうか」


 ほくほくと笑顔で頷く神官長に苦笑を零しながら、マティアスは空を見上げる。

 明日。

 雨が上がったら、することがもう一つ増えたな、と思いながら。


マティアス説教されるの回。マティアスもまだまだなんだよーよいうお話。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ