【マティアスと白い花 3】
長らく間が空いてしまい申し訳ないです。
地方神殿への出向は、まあ、何だかんだあったけれど、とりあえず生きて帰って来られた。
いつも思う事だが、一部の人間は、何故自分の手に負えなくなるまで事を隠そうとするのだろうか。もっと早くに手を打てば被害も少なくて済むというのに。
今回も、不手際を隠そうとした挙句どうにもならなくなり、王都の神殿に泣きついてきたのだが、そういった人間は得てして自分の失敗を認めようとしない。おまけに妙に居丈高に振る舞い、自分の優位を崩そうとはしない。
馬鹿じゃないだろうか。
そう思いはしても口に出さないだけの分別はあるので、別の言い方でチクチクとくぎを刺してきたが。
何にしろ、本部への報告書にはきっちりと仔細を書くのだ。言い逃れなど許さないし、監査も入る。しばらくは指導担当の神官が派遣される筈だ。当然、出世は厳しくなっただろう。ざまあみろ。
――ああ、気持ちがささくれているのがわかる。こんなに荒んだ気分になったのは、随分と久しぶりの様な気がする。
疲れているなあ、とマティアスは溜息を吐く。
思った以上にきつい仕事だったのだ。心の中で愚痴っても誰からも文句は言われまい。
そんなことを考えながら、マティアスは上司に報告した後、本殿の祈りの間へと足を向けた。
まだ陽は落ちていないので、神官長がきちんと頼んだ通りに世話をしているのならば、鉢植えはそこにある筈だった。
重く感じる身体を引きずって扉を開くと、そこには眩しいばかりの光が溢れていて思わず目を細める。
出掛ける前と変わらずガラス越しの柔らかな光を浴びて、鉢植えは小さな葉を精一杯広げていた。
目にした途端、自分でも表情が緩むのが判った。そんな自分に、ふと我に返る。
過酷な仕事の後の癒しが、鉢植え……。
なんだか寂しい人生を送っている様じゃないか?
そんなことを考え、苦笑が口許に浮かぶ。
背に陽を受けるようにガラスに寄り掛かり、鉢植えに視線を降ろす。
出掛ける時には一枚だった小さな葉が、もう一枚増えている。根は変わらず出て来ないようだが、それなりに育ってはいるのだろう。
久しぶりに鉢植えにゆっくりと魔力を巡らす。
回路にも異常はない、とほっとした瞬間くらりと視界が回った。
ほんの少し魔力を放出しただけでこれとは、思った以上に自分は酷い状態らしいと自覚した。自覚した途端、言いようのない脱力感に襲われ、身体が床に沈み込むような感覚に眩暈がさらにひどくなる。堪え切れず身体が倒れるのがわかっても自分ではもうどうしようもない。
横倒しになったまま、そっと目を開くと小さな鉢植えは丁度目の前で。
二枚になっていた葉の間から、小さな三枚目の葉が膨らんでいくのが見えた。
魔力を与えたから育ったのか、陽の光をもっと欲しがったためか。どちらにしろ、大きくなるのはいい事だろう。
「これで根っこが出ればねぇ……」
確実に根付いたと安心できるのに。
そう思いながら、マティアスは動かない身体を休める為に目を閉じる。
幸いにもこの部屋は陽射しのおかげで暖かい。風邪を引くことはないだろう。硬い床では身体の節々は痛むことになりそうだが。
「ゆっくりでもいいよ。元気に、大きく、おなり……」
小さく囁き、意識を落としたマティアスは知らない。
外界から隔てられ、風などある筈も無い祈りの間。
その中で、小さな小さな頼りない葉がふるりと揺らめいたことを。
蛍火のような、小さく淡い光がその根に灯ったことを。




