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真夜中のお茶会  作者: ねむりねこ
番外編
78/81

【マティアスと白い花 2】


 それから。

 燦々と陽光の降り注ぐ居場所を確保した小さな植木鉢は、毎日マティアスの自室とそこを行ったり来たりしている。

 よくよく考えれば、必要なのは陽の光なので、ずっと置きっぱなしにせずともいいのだ。

 清掃の邪魔にならないよう(祈りの間、他、神殿の清掃は陽の出前後である)終了後に移動させ、陽が落ちたら部屋へと持ち帰る。

 ここの所、それがマティアスの日課になっていた。

 白い粟粒のような瘤は少しずつ大きくなり、数日の内に突起のように張り出し、赤ん坊の爪程の小さな小さな葉を開かせた。

 明るい窓辺に置かれた鉢植えを覗き込んだ神官長が、好々爺の表情で目を細める。


「ほほぅ。随分と可愛らしい葉が付いたものだ」

「種が芽吹くよりも小さいですねえ」


 樹に生る種は、つまるところ木の実だ。そこから芽吹く二葉はそれと判る程に大きい。それと比べれば、この芽は本当に小さく弱々しい。

 しげしげと眺めるマティアスに、彼の上司は、そう言えば何の芽なのか聞いていなかったと気付く。


「ところでマティアス。これは何の芽なのだ?」

「さあ……?」

「……さあって、お主な……」


 訊かれたマティアスは首を傾げ、それを見た神官長は呆れて肩を落とす。

 これほど大事に育てていながら、まさかその品種名さえ知らなかったとは。


「名前までは調べませんでしたね、そういえば。上手く育てばいずれ白い花を咲かせる筈ですが」


 白い花と言っても多種多様にある。それだけでこの小さな芽の種類を想像するのは、とんでもなく無理がある。

 せめて葉がもう少し多くなれば、だいぶ絞ることが出来るだろう。


「……もう少し大きくならんと判らんな」

「庭師殿でしたら、見分けられるとは思いますがねえ」


 何と言っても、もともとは王城の庭にあった樹の根から再生した芽だ。どう間違えても違う種類には――なる事もあるのだろうか?


「まあ、今の所、恙無く育っているようなので一安心ですね」

「マティアス。明日から地方神殿へ出向であろう。その間、この鉢植えをどうするのだ?」

「どうしましょうねえ……」


 マティアスは神官だ。

 立場的には平の神官とほぼ同じだが、仲間内には、少しばかり能力の高い、特殊な式を使う神官として知られている。

 平なので上司に命じられれば滅多なことでは嫌とは言えないし、そのことに付け込まれ、面倒な地方の依頼を回されることも多々ある。おかげでマティアスの地方出向回数は、同世代の神官よりもはるかに多い。しかも面倒なものばかり。

 いつもならば特に何を気にすることもなく、近所に挨拶に行く気軽さで出かけるのだが、今はこの鉢植えがある。

 芽が出たばかりの鉢植えは赤子と変わらない。

 四六時中見張らなければいけないわけではないが、それなりに気にかけ、陽に当てたり水やりをしたりと世話が要る。

 持って行こうにも外はまだ寒い。

 こんな頼りない葉っぱ一枚の芽では、すぐに死んでしまいそうな気がする。

 おまけに、この鉢には特殊な術式が刻まれていて、毎日少しずつ、マティアスの魔力を流して芽に与えるようになっている。

 そのせいなのかどうか、根から芽は出たが、新しい根はまだ伸びていない。まだ、地に根付く為の土台が出来ていない状態なのだ。

 そのあたりも調べたいところだが、今はのんびりと構えていられる余裕がない。

 さて、どうするか、とマティアスが考え込んでいると、神官長が預かってやろうと言い出した。


「庭師の方が世話は上手かろうが、お主、この鉢に妙な式を入れただろう」

「あれ。ばれてましたか」

「ばれないと思ってか。……まあ、どうしてそこまで、という気はするがのう。芽が出て育てば、私とて可愛いという気持ちが湧く。お主がいない間くらいは面倒を見てやろうよ」


 神官長は微笑んで、マティアスの背を軽く叩いた。

 神殿を滅多に留守にすることの無い神官長ならば、鉢植えはこのまま環境を移さずにいられる。それに、マティアスがする鉢植えの世話を、神官長は興味深げによく眺めていた。鉢植えを預ける人物としては申し分ない。


「……ありがとうございます」


 正直、とても助かる。

 本来このような雑事を頼める立場の人ではないのだが、本人から言い出したのならば誰からも苦情は出ないだろう。

 おそらくはそこまで見越して申し出てくれたのだろうが、神官長はそのことを恩に着せるでもなく、マティアスに悪戯っぽい笑みを向けただけだった。


「なんの。土産を期待しておるからの。早う、帰ってくるがよかろうよ」

「帰ってくるまで枯らさないようにしてくださいよ」

「心得ておこう。なに、困ったら庭師殿に泣きついて助けを請う故」

「なんか、威厳が半分くらい減りましたよ」

「そうかの?」


 軽口を叩き合い、鉢に刻まれた式の説明をし、マティアスは芽吹いたばかりの鉢植えを神官長に託した。



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