【マティアスと白い花 2】
それから。
燦々と陽光の降り注ぐ居場所を確保した小さな植木鉢は、毎日マティアスの自室とそこを行ったり来たりしている。
よくよく考えれば、必要なのは陽の光なので、ずっと置きっぱなしにせずともいいのだ。
清掃の邪魔にならないよう(祈りの間、他、神殿の清掃は陽の出前後である)終了後に移動させ、陽が落ちたら部屋へと持ち帰る。
ここの所、それがマティアスの日課になっていた。
白い粟粒のような瘤は少しずつ大きくなり、数日の内に突起のように張り出し、赤ん坊の爪程の小さな小さな葉を開かせた。
明るい窓辺に置かれた鉢植えを覗き込んだ神官長が、好々爺の表情で目を細める。
「ほほぅ。随分と可愛らしい葉が付いたものだ」
「種が芽吹くよりも小さいですねえ」
樹に生る種は、つまるところ木の実だ。そこから芽吹く二葉はそれと判る程に大きい。それと比べれば、この芽は本当に小さく弱々しい。
しげしげと眺めるマティアスに、彼の上司は、そう言えば何の芽なのか聞いていなかったと気付く。
「ところでマティアス。これは何の芽なのだ?」
「さあ……?」
「……さあって、お主な……」
訊かれたマティアスは首を傾げ、それを見た神官長は呆れて肩を落とす。
これほど大事に育てていながら、まさかその品種名さえ知らなかったとは。
「名前までは調べませんでしたね、そういえば。上手く育てばいずれ白い花を咲かせる筈ですが」
白い花と言っても多種多様にある。それだけでこの小さな芽の種類を想像するのは、とんでもなく無理がある。
せめて葉がもう少し多くなれば、だいぶ絞ることが出来るだろう。
「……もう少し大きくならんと判らんな」
「庭師殿でしたら、見分けられるとは思いますがねえ」
何と言っても、もともとは王城の庭にあった樹の根から再生した芽だ。どう間違えても違う種類には――なる事もあるのだろうか?
「まあ、今の所、恙無く育っているようなので一安心ですね」
「マティアス。明日から地方神殿へ出向であろう。その間、この鉢植えをどうするのだ?」
「どうしましょうねえ……」
マティアスは神官だ。
立場的には平の神官とほぼ同じだが、仲間内には、少しばかり能力の高い、特殊な式を使う神官として知られている。
平なので上司に命じられれば滅多なことでは嫌とは言えないし、そのことに付け込まれ、面倒な地方の依頼を回されることも多々ある。おかげでマティアスの地方出向回数は、同世代の神官よりもはるかに多い。しかも面倒なものばかり。
いつもならば特に何を気にすることもなく、近所に挨拶に行く気軽さで出かけるのだが、今はこの鉢植えがある。
芽が出たばかりの鉢植えは赤子と変わらない。
四六時中見張らなければいけないわけではないが、それなりに気にかけ、陽に当てたり水やりをしたりと世話が要る。
持って行こうにも外はまだ寒い。
こんな頼りない葉っぱ一枚の芽では、すぐに死んでしまいそうな気がする。
おまけに、この鉢には特殊な術式が刻まれていて、毎日少しずつ、マティアスの魔力を流して芽に与えるようになっている。
そのせいなのかどうか、根から芽は出たが、新しい根はまだ伸びていない。まだ、地に根付く為の土台が出来ていない状態なのだ。
そのあたりも調べたいところだが、今はのんびりと構えていられる余裕がない。
さて、どうするか、とマティアスが考え込んでいると、神官長が預かってやろうと言い出した。
「庭師の方が世話は上手かろうが、お主、この鉢に妙な式を入れただろう」
「あれ。ばれてましたか」
「ばれないと思ってか。……まあ、どうしてそこまで、という気はするがのう。芽が出て育てば、私とて可愛いという気持ちが湧く。お主がいない間くらいは面倒を見てやろうよ」
神官長は微笑んで、マティアスの背を軽く叩いた。
神殿を滅多に留守にすることの無い神官長ならば、鉢植えはこのまま環境を移さずにいられる。それに、マティアスがする鉢植えの世話を、神官長は興味深げによく眺めていた。鉢植えを預ける人物としては申し分ない。
「……ありがとうございます」
正直、とても助かる。
本来このような雑事を頼める立場の人ではないのだが、本人から言い出したのならば誰からも苦情は出ないだろう。
おそらくはそこまで見越して申し出てくれたのだろうが、神官長はそのことを恩に着せるでもなく、マティアスに悪戯っぽい笑みを向けただけだった。
「なんの。土産を期待しておるからの。早う、帰ってくるがよかろうよ」
「帰ってくるまで枯らさないようにしてくださいよ」
「心得ておこう。なに、困ったら庭師殿に泣きついて助けを請う故」
「なんか、威厳が半分くらい減りましたよ」
「そうかの?」
軽口を叩き合い、鉢に刻まれた式の説明をし、マティアスは芽吹いたばかりの鉢植えを神官長に託した。




