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真夜中のお茶会  作者: ねむりねこ
番外編
77/81

【マティアスと白い花 1】

番外編です。

マティアスと趣味の園芸。


 王城での騒動の後。

 ごっそりと搾り取られた魔力の回復を待って、マティアスは神殿の自室へと戻った。

 戻るなり寝台に転がり、一向に軽減しない脱力感に目を閉じる。

 作業に当たっていた者達も概ねマティアスと同様の状態で、暫くは脱力・倦怠等で碌に動けない事が予想される。

 多くは魔術師団員なので、魔術師団はほぼ機能停止状態と言える。(城内に限ってではあるが)

 倒れた者、全員命に別状はない。状況から察するに、おそらくは何らかの方法で強制的に魔力を抜き取られたのだろう。――あの、樹に。

 いや。樹というよりは、あの白い女性の影に――と言った方が正しいのか。

 魔法陣の要を抱き、蠢く樹の根には、まず間違いなく彼女の意思が働いていた。


『――タスケテ――!』


 たった一言。

 意思の疎通が適った瞬間の、彼女が放った悲鳴のような叫び。

 詳しい事情など知る間もなく昏倒してしまった為、未だに判らない事ばかりで推測すら纏まらず、有耶無耶の内に収束したらしい(・・・)事態に、何故かささくれた気分が収まらない。

 毀れた黒い箱。

 崩れ落ち姿を消した樹。

 残された卵。

 卵を抱いたまま眠るエディアルド。

 脳裏に浮かぶのは断片ばかりで、ちっともマティアスに正しい答えを与えてはくれない。

 空回りする思考にうんざりとし、どの道エディアルドが目醒めない限り欲しい答えは得られない、と、マティアスはようやく空論を積み上げる事を止めた。

 そして、何となく持ち帰った樹の根の残骸を、掌に載せて見つめる。

 小さな、小指ほどの大きさも無い、小さな欠片。

 卵の巣を構成していた樹の根は、エディアルドと卵が自室に運び込まれ寝台に載せられた瞬間、その役目を果たしたかのようにさらさらと崩れて消えた。

 残ったものはマティアスが折り取ったこの小さな欠片だけだった。

 あの庭にあった樹は、百年、蕾をつけなかったと言う。

 ――一度も花を咲かせる事なく、その痕跡だけを残して、全て消えてしまった樹。

 哀れだと、感じてしまうのは驕りだろうか。


「それでも――、一度くらいは、とか……ねえ?」


 誰に聴かせるでもなく独り言ちると、マティアスは掌の欠片をそっと握りしめ、寝台から起き上がる。

 まだ休養が必要な身体ではあったが、動けない程ではない。

 根の欠片が干からびないよう、魔力を含ませた水に浸す。砂粒ほども無い、ほんの僅かの生命力が消えてしまわないように、少しずつ魔力を与えて馴染ませ、強化してみる。

 次いで、神殿の書庫から植物の培養に必要な文献を漁り、活性化の魔術式を練る。

 鉢を準備し、術式を刻み、他の植物で試してみる。

 何しろ、樹の根の欠片は一つしかないのだ。失敗したら次は無い。

 培養と活性化には問題なかったが、成長促進の式を加えると、ある程度までは育つものの、何故か枯れてしまった。急激な成長は、やはり、どこかしら無理があるということなのだろう、と今回は術式に組み込むのを見送る。

 改良した術式を刻んだ鉢に根の欠片を植え、保湿と腐敗防止に配慮しつつ経過を観察。

 しかし、相手はうんともすんとも言わない樹の根。目に見える急激な変化など見られず。

 ふっと、自分は、何故こんなにも熱心に樹の根を再生しようとしているのか、と首を傾げたくなる時もあった。

 花が見たければ他にも樹はあるし、この根の再生が上手くいって花を咲かせたとしても、あの女性まで蘇るわけではないのに。

 誰の益になるわけでもない、ただの道楽。

 マティアスのしていることは、人にそう言われても反論出来ないだろう。

 けれど、元々変わり者と言われていたマティアスなので、誰にどう言われてもあまり気にはならない。

 まあ、つらつらと自分の行動原理を考察していたマティアスだったが、結局は、そういう性分なのだろうと言うところに落ち着く。

 要は、あまりに変化がないので、思考が空回りしていただけのようだ。

 そんなことをしている合間に、登城しエディアルドの状態を診たり、医師と魔術師団長と意見を交わし今後の方針を決めたり、神殿に持ち込まれた案件を処理したり、マティアスは多忙な日々を送っていた。

 そうしてエディアルドの目が醒め、卵から幼児が孵ったと報告を受けた夜。

 それまで変化の無かった欠片の一部が、僅かに色を変えた。

 粟粒程に盛り上がった白い瘤。

 それは本当に小さく、微々たるものではあったけれど、好転の兆しには違いなかった。

 マティアスが折り取ったもの以外は消滅してしまった『花を咲かせなかった樹』が、一部とはいえ、消え去ることなくもう一度根付くかもしれない。全てが元のようにはいかないとしても、いずれ花を咲かせることが出来るかもしれない。

 そんな日を思い描きながら、マティアスは小さな欠片にほんの少しの魔力を与え、巡らせる。

 神官としての責務をこなし、たまに城へと赴き、シエルと名付けられた幼児に振り回される。

 マティアスが慌しく日々を過ごしていても、鉢植えの変化は緩やかで、まるで違う時間を生きているようだった。

 成長促進の術を掛けていないにしても成長が遅過ぎないだろうかと思ったマティアスは、城の庭師になかなか育たない植物はどうしたらいいのかと訊いてみた。

 庭師は、マティアスが育てているのは鉢植えで、ずっと室内に置きっぱなしだと聞くと顔を顰めた。


「神官様。植物ってのは一部を除いて、だいたい陽の光が必要なんですよ。葉っぱに日を当てて栄養を作るんです」

「それは知っていますが……葉っぱになる前の芽でも当てた方がいいのですか?」


 根から顔を出した小さな小さな白い瘤。あまりに小さくて、陽に当てたらすぐに干からびてしまう気がする。

 庭師はマティアスの表情から懸念を察して、微笑んだ。


「そりゃもちろんですわ。ただ、心配でしたら直接陽の光に当てずに、明るい窓辺にでも置くといいんじゃないでしょうかね。水もほどほどにしないと根が腐っちまいますし、大事にし過ぎてもへなちょこで元気の無い株になっちまいますよ」

「そうでしたか。なにぶん、植物を育てるのは初めてですし、根からやっと芽のようなものが出て来たばかりでよく判らなかったのですよ」

「へえ?根差しで芽が出るとは、神官様は運がいい。そしたら後は十分な陽の光を当てて、たっぷりの水を与えて寒くない場所に置いておけばいいと思いますよ」


 気になったので、後から運がいいとはどういう事かと聞くと、園芸に慣れていない素人が根から増やそうとしても上手くいかない事の方が多いのだと庭師は語った。

 それにしても、水をやり過ぎてはだめだと言いながらたっぷり与えるとは、どういうことか。


「水はほどほどにしないと腐るのではなかったかい?」

「与える時はたっぷり。鉢の中に水が溜まらないようにして、土の表面が乾いたらまたたっぷり。基本です。樹の根も息をしてるんです。水浸しは厳禁です」

「成程」


 滞る水は腐ると言うし、要はおぼれさせてはいけないと言う事だろう、とマティアスは納得した。

 その様子に頷き、庭師は空を見上げる。


「この時期ですとまだ外に出すのは早いでしょうから、鉢は明るい窓辺に置くのがいいでしょうな。できれば南側に。後は水やりと温度管理をしっかりすれば、余程の事がない限り勝手に大きくなりますよ」

「そういうものですか?」

「そういうもんです」


 庭師に礼を言い、マティアスは鉢植えを窓辺にと移動させた。

 どうせならと自室から出し、床から天井までが窓になっている部屋へ置く。

 窓からは雲ひとつない晴れ渡った空が見え、明るい陽射しが燦々と降り注いでいる。

 いきなり陽に当てるとよくないだろうと、底に水が溜まらないようにした受け皿付きの鉢を、目の粗いレースで覆う。

 通りかかった神官長が、しゃがみ込んでいるマティアスを見つけ、何をしているのかと首を傾げた。


「マティアス、それは何だ?」


 何だと訊かれても、見て判らないようなものではなく、マティアスは神官長と同じように首を傾げた。


「何って、見て判りませんか?鉢植えです」

「鉢植えは判るが、何故、それを、ここに持ってくるのかという事を訊いておる」

「なら最初っからそう言って下さいよ。何故ここにって事でしたら、ここが一番日当たりがいいからですが?」


 確かに、燦々と降り注ぐ陽射しに照らされた室内は、とても明るい。窓ガラスのおかげで冷たい風は遮られ、日向ぼっこでもできそうなくらいに暖かい。人にも鉢植えにも、それは優しい空間となっている事だろう。

 だが、この部屋を日向ぼっこに使う人間は、まずいない。

 だからこそ、神官長にはマティアスの行動が不思議だった。


「……何故?」

「……庭師に、日当たりのいい場所に置くようにと助言されましたので」


 しれっと返ってきたマティアスの答えに、神官長は頭痛が起きたような気がして、額を押さえ唸っていた。


「だからと言って、お主はな……。ここをどこだと思うておる」

「本殿・祈りの間」


 そう。ここは祈りの間だ。

 祭事や特別な時に神官長始め、神官たちが神に祈りを捧げる神聖な場所だ。

 普段は静謐に保たれ、清掃と祈り以外、神官であっても気軽には立ち入らない場所なのだ。


「そこに私物を持ち込むとは……」


 前代未聞の珍事である。

 ――――いや、だいぶ昔。何代か前の記録に何かあったような気もするが。

 頭の隅をかすめた記憶を黙殺し、神官長は苦々しい表情を浮かべる。

 そんな上司の嘆きなど素知らぬ風に、マティアスは飄々としている。


「いいじゃないですか。植木鉢の1個くらい」

「阿呆がっ」


 数が問題なのではない、と言いかけた神官長は、マティアスの表情を見て口をつぐむ。

 巫山戯たところのない真摯な眼の光は、マティアスが、単なる思いつきや気まぐれで、鉢植えをこの部屋に持ち込んだのではないと語っていた。その事に気付かない程、神官長とマティアスの付き合いは短くはない。

 黙り込んだ神官長を宥めるように、マティアスは穏やかに笑みを浮かべる。


「何もずっととは言いませんよ。春になるまでの間だけで結構です」


 マティアスが叱責や苦言を承知で我を通すのだ。ただの鉢植えということはないだろう。

 神官長は片眉をひょいと上げ、まだ芽も出ていない鉢植えに視線を落とす。


「……曰く付きか?」

「まあ、そうですね」


 はっきりとした答えではない。けれど、長い付き合いだ。それが肯定であると神官長には通じる。

 神官長は窓の外へと顔を向けた。外は寒いけれど、明るい陽が射し、周囲の色が柔らかく変わりつつある。


「……春まで、か。すぐだな」

「ええ、すぐですよ」


 同じように外へと目を向けながら、マティアスは頷く。


 こうして、マティアスの鉢植えは、春までという期限付きながら、暖かな明るい窓辺に置かれることが決まった。


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