74話 【この子誰の子?】
長くなったので、一話増量。(汗)
『産まれたて』というのは存外に(……いや、当然と言うべきか?)面倒なもので、本人さえ気付かない『あれやこれや』に驚いたり慌てたり、周囲の思惑で振り回されたり、エディアルドと子供はなかなかに忙しかった。
ようやく落ち着いたのは夕焼けが空を染める頃で、いじり倒された子供はすっかり疲れてしまい、今はエディアルドに寄り掛かりくぅくぅと寝息を立てている。
小さな身体なのだから体力も無いのだろう。本来ならこんな風にソファで転寝させるのではなく、きちんと寝かせてやった方が良いに決まっているが、この子供をどこで寝かせるかまだ決まっていなかった。
暫くぶりに見たフェルナンには朝の内に話が通っていたらしく、エディアルドにくっついている子供を一瞥し微笑ましげに目を細めていた。
「まだ上手く身体を動かせないようですので乳母を手配しなければなりませんが、今朝の今では直ぐと言う訳にもいきません」
「乳母……いらんだろう。歯も生えてるし」
乳母というのは授乳の必要な赤ん坊に乳を与える存在、とエディアルドの中では認識されている。この子供は多少おぼつかないが、自らの手で食事が出来るし固形物も摂れる。
「……では、子守と言い換えます。小さい子は何かと手のかかるものです。トイレに食事、入浴、着替え。全てに人の手が必要です。少なくとも御自分で出来るようになるまでは。交代要員も含めまして最低二人。出来れば三人でしょうか。急なお話でしたので、本日は各所から侍女を数名お借りし、御世話に当たらせます。担当は調査が済み次第手配させていただきますが……御部屋はどういたしましょうか」
どうすると言われても、エディアルドにとって子供はぬいぐるみに入っていた存在と一緒なので、敢えて別の部屋にしなければならないという気持が薄かった。
「……別にここでも構わんが」
「殿下」
「エディアルド様。幼子はいえ女児ですので」
呟いたエディアルドの言葉に、即座にフェルナンとニナが咎めるような声を出す。大変好ましくない、といった様子にエディアルドは首を傾げる。
「……駄目か?」
「「駄目です」」
揃って却下され、エディアルドは溜息を吐く。
「……まあ、どこでもいいが。とりあえず空いている客室でも使えばいいだろう」
幸い部屋数には困らない城である。
あまり真剣ではない様子のエディアルドに、フェルナンが言い難そうに口を開いた。
「当座はそれで構いませんが……。殿下はその子をいかが為さるおつもりなのでしょうか。その、何と言いますか、……その子の立場次第ですが、養子に出される事も考慮に入れるべきかと」
「……養子……?」
思いがけないことを聞いた、と言うようにエディアルドが動きを止めた。
呟いた後、何かを思案するように視線を彷徨わせ、最後に自らに寄り掛かった子供を見つめ、エディアルドは首を傾げた。
「こんな、得体の知れないイキモノを養子に?――無理だろう」
「……一見、普通の子供にしか見えませんけれど……」
ニナも同意するように頷く。
「これが普通の子供のように育つのか?産まれたばかりで喋る子供だぞ。というか、卵生な時点で怪しいだろう。育ててる途中で羽が生えたりしたらどうする。養い親の絶叫が聞こえる気がするぞ」
「羽!?」
何ですか、それは!と、聞き捨てならない事を聞いたとばかりにフェルナンがぎょっとする。
羽が生えるのは確定してる訳じゃないから、と溜息を吐き、エディアルドはフェルナンに念を押す。
「何が起こっても不思議ではない、という事だ」
エディアルドの言っている事はもっともだと、ニナは今後起き得る問題を上げる。
「素性を隠して縁組した後に異変があれば双方にとって不幸ですわ。かと言って、出生に纏わる諸々を正直に話せば、そもそも養子に迎えるという選択肢が消えるような気がいたします」
得体の知れない、本当に人間なのかどうかも不明な子供。
当たり前の感覚の持ち主ならば、喜んで養子に迎えようと言う気にはならないだろう。
「……面倒だ。これのアレコレをわざわざ説明するのも、これを養子に出して相手に借りを作るような真似をするのも、面倒臭過ぎる。なので、却下」
「では、どのように?」
問われてエディアルドは考え込む。自分が預かった卵から孵った子供だし、中身はぬいぐるみに入っていたアレだし、手放す気は毛頭ない。
「子供では使用人という訳にも……。遊び相手にしても年が……。預かり子というのが一番近いか……?うーむ。ああ、いっそ私が養子にすればいいのか……?」
少々厄介な方向に流れたエディアルドの思考をニナが素早く両断する。
「却下です。というか、王族の養子という事になりますとエディアルド様の一存ではお決めにはなれません。陛下の許可と王族の方々、および宰相以下国の重鎮の方々の承認が必要です」
一筋縄ではいかない面々と話し合い承認を取るのは、王位の継承権を抜きに考えても容易くはない。一々説明するのも説得するのも大変に違いない。
「……面倒だな」
「面倒ですよ」
当然でしょう、とばかりにニナが頷く。
「意外とあっさり通るような気もするが。まあ、立場というなら客人か。何しろ『精霊』からの預かり子だ」
「精霊、ですか?」
通る気はしても、そこまでに至る過程を考えると試そうという気にはなれないので、エディアルドはおそらくこれが一番納得させ易いだろうという考えを口にする。
事情の全てを知っている訳ではないフェルナンは首を傾げるばかりだ。
「宿った樹の根を自在に動かし魔力を操る存在なら『樹木の精霊』と呼んでも構うまいよ。これはその精霊が護り、私に託した子供だ。故に『預かり子』。おかしくはあるまい?」
筋は通っている気はするが、フェルナンが扱うのは初めての事例なので戸惑いが隠せない。
「はあ。……記録には何と記載すれば……」
「そのままでよい。但し、公言は出来ないがな。対外的には私が『仮親』として育てるとでも言えば良い。城の者は納得するだろう?」
「確かに……」
エディアルドが三度倒れ、卵を抱いて眠り続けていた事を知る者は少なくはない。
軽々しく吹聴しないよう言い含めはしたが、人の口に戸は立てられないとはよく言ったもので、いつの間にか卵の噂は静かに広まり、いったい何が産まれるのかと皆が興味を抱いていた。
産まれたのが『精霊の子供』であるなら不思議でもなく、成程と納得出来る理由である。
「『客』とはいえ、そなたの言う通り手の掛かる赤ん坊だ。客室では『外』に近く、世話をするのにも都合が悪かろう。部屋はこの棟に設えれば良い」
「しかし、こちらは王族の方々の」
王族の住まいに預かったとはいえ王族で無い者を住まわせるのはどうか、と言いたいだろうフェルナンの言葉に被せるようにしてエディアルドは言葉を命令に変える。
「私が『仮親』だ。問題あるまい。いっそ、隣にしておけ」
「はあ。しかし、陛下が何と言いますか……」
「……むしろ、嬉々として育児室を使いそうだが?」
王の子が産まれたらある程度育つまで過ごす、通称『育児室』は国王夫妻の部屋のすぐ隣だ。もちろん、乳母や侍女の待機室も傍にあり、エディアルドも物心がつくまでそこで育てられた。
王妃は言わずと知れた可愛い物好き、国王はそんな王妃に頭が上がらない。強請られたら反論も出来ないだろう。
「盗られる前に手を打つか……。よし。部屋は隣でいい。最低限必要な調度は使っていない物を適当に運べ。後は追々でいいだろう。皆には申し訳ないが急いでくれ」
「判りました。ではそのように手配します」
「エディアルド様……」
呆れたようなニナの声を聴こえないふりで遣り過ごし、エディアルドはふわふわとした子供の頭を撫でる。
子供は頭上の会話など関係ないとばかりに幸せそうに眠る。
気付いたら見知らぬ部屋で、見知らぬ寝台に寝かされ、見知らぬ女の人(仮の子守)がいてびっくりするのはもう少し後の事。
こうして子供は本人の与り知らぬところで、エディアルドを仮親として王城の住人となることが決まったのである。
次回こそエピローグ!
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実は国王から話を聞いていそいそと育児室を整えて準備しかけていた王妃様。
周囲に説得されて泣く泣く諦めたとかいう……。




