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真夜中のお茶会  作者: ねむりねこ
出会い編
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73話 【また、会えたね。】


 大きな白い卵から殻を破って転がり出たのは、部屋に集った人々の記憶には無い姿をしていた。

 つるりとした白い肌、揺れ動くたびに薄く虹色の光を反射する白い髪。痛みを堪え涙の滲む瞳は琥珀の色。頭部を抑える手は小さく、ぷるぷると震える身体はどう見ても――。


「赤子ですな」

「赤ん坊ですよね」

「産まれたて、には違いありませんが。幼児と言うべきでは?」

「まあ、子供だな」


 ニナの言う通り、二歳に満たないような幼児だった。

 腕も身体も頼りない、卵から産まれた子供をじっと見ていたエディアルドは、ふっとその口の端を吊り上げる。


「随分、縮んだものだな」


 見知った姿は実体では無かったが、十四・五歳には見えた。もっとも、あの姿ではどうあっても卵の中には収まりきらなかっただろうから、この位の大きさが妥当なのだろう。

 エディアルドの声に、痛みに呻いていた幼子が顔を上げる。大きな瞳でエディアルドを見つめ、次いでそろそろと下ろした自分の掌を見つめ、さらに下を見つめ――叫んだ。


「えぇっ!?どゆこと!?」

「知らん」


 卵から幼児が産まれるだけでもびっくりなのに、どうしてこうなったかなどエディアルドは知らないし答えようも無い。

 言ってしまえば正体不明の生き物という事なのだが、見かけは人間の子供に違いない。

 満月の晩に訪れた幽霊のお願いは『アタシを探して』だった。この場合、願いは叶えられたと言う事になるのだろうか。……随分と様変わりはしているが。

 産まれたての割には湿った所は無く、ふわふわとそよぐ白い髪は肩につかないくらい短い。歳を重ねたらあの姿と同じくらいに伸びるのだろうか。

 そんなことを考えていたせいか、エディアルドは意識しないままに幼子の前にしゃがみ、そのふわふわの頭を撫でていた。


「……エド?」


 撫でられてきょとん、と見上げる幼子にエディアルドは目を瞠る。


「……憶えているのか?」

「エドの、なまえ?」

「卵から産まれたし、……産まれ直したようなものだから……憶えていなくても仕方ないと思っていたよ」


 抱き上げた身体は思ったよりも軽い。ぬいぐるみよりは重いが、とエディアルドは苦笑する。

 つい、くまのぬいぐるみと比べてしまったが、あの綿の塊よりずっと柔らかくて脆そうでどこもかしこも小さい。それでいてしがみ付く指の力は思いの外強く、伝わるのは確かな温もりだった。


「とりあえず。……風呂と着替えが必要か?」

「直ぐに整えます。暫し御待ちを」


 柔らかな大ぶりのタオルでエディアルドに抱かれた子供を覆い、ニナは急いで浴室の準備をするために動き出す。

 国王と残った面子はエディアルドに抱かれた子供をマジマジと観察していた。


「卵から生まれた……にしては、まるっきり人間の子供のように見えるな」


 王が言えば、


「髪の様子が少し変わっていますかな。虹色に光を反射する……と言うのは、見たことも聞いたことも無いですのぅ」


 オーエンが首を傾げ、


「殻の厚さは……けっこうありますな。よく割れたものです」


 と、魔術師団長が興味深げに頷き。

 ずっと眉を顰めていたウィルフレッドがもやもやとした疑問をエディアルドに投げ掛けた。


「で、その卵から出てきた子供は、いったい誰だ?」


 一同に沈黙が落ちる。


「卵を温めたのがエディアルドなのだから、エドの子か!?」

「馬鹿なことを仰らないでください、父上」


 いい事を思いついたとばかりに弾んだ声でとんでもない事を言い出した国王を、エディアルドは呆れたような視線で黙らせた。

 その理屈で言うのならエディアルドよりもずっと長い間、卵の入った箱を囲い続けたソフィアが親と言う事になる。エディアルドは足りなかった魔力を与えただけだ。


「この子はぬいぐるみに取り憑いていたあの『幽霊』だよ」

「は?」

くま(・・)だよ。名前は知らんが。そうだな?」


 本名は本人も知らない。くま(・・)は、いつもぬいぐるみのくまに入っていたからそう呼んでいた。会った事のある人間なら誰でも知っていることだ。


「うん」


 その通りだったので、子供はこっくり、と頷く。


「お前が、あの、ぬいぐるみ……?」

「アタシねー。ゆーれいじゃ、なかったみたい?」


 こてん、と首を傾げてウィルフレッドに答える様はとても可愛らしい。目鼻立ちが整っていれば更に破壊力は増す。そして、子供は周辺の国から送られてくる姫たちの絵姿よりもはるかに可愛らしかった。


「卵から人間って……有りなのか……?」


 ぼそりと呟いたウィルフレッドが頭を抱えると、聞き付けた周囲が苦笑を浮かべた。

 国王も医師も魔術師団長もそれなりに年を重ねている。

 呪いも魔法も身近にあるのだ。多少変わったことがあったって不思議じゃない。


 失いたくないと願った存在をその腕に、エディアルドの顔には曇りの無い笑顔が浮かんでいた。


おまけ。


*****


 浴室の準備が整いました、とニナが戻り腕に抱いた子供を渡そうとしたエディアルドだったが、そういえば自分も七日間寝てばかりで風呂に入っていないと気付いた。

 眠っている間、どうにかして身体を拭いていてくれたのだろうし、髪の毛も気になる程べたべたとはしていない。しかし、気付いてしまったら気になるのは当然と言える。

「これの後でいいから私も湯を使う」

「はい、あの。よろしいでしょうか、オーエン様?」

「殿下。目醒められたばかりで空腹ではありませんかの?」

 問われてエディアルドは首を傾げる。喉は乾いていたが、特に腹が空いたという感覚はない。なので、いいや、と首を横に振る。

「空きっ腹で風呂に入ると倒れることがありますのでな。ただ、食べた直後に湯を使うのも身体に悪いもんですしなぁ……。まあ、ぬるま湯ならいいでしょう。ただし、長湯はいけませんぞ」

「わかった」

 頷いたエディアルドを子供が首を傾げて見ていた。

「どうした?」

「んっとねー。ゆ、ってなーに?」

「ああ……そなたは知らないのだな。産まれたばかりだし、産湯と言う事になるのか?」

「そうですわね。そのつもりでぬるめのお湯にしておいてよかったですわ」

「うぶゅ?」

「産まれたばかりの赤ちゃんが入るお風呂の事ですわ」

「あかちゃ……!アタシ、あかちゃんじゃない~!」

 可愛い顔をむっと顰めさせた子供の周りで、全員が思った。


((((いや、赤ん坊だろう。産まれたばかりなんだから))))


 子供とエディアルドが一緒にお風呂に入ったかどうかは――――誰かが知っている。



*****


次回エピローグ

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