69話 【残ったものは】
エディアルドが、また、倒れた。
まただ、とウィルフレッドはぎりっと歯を噛み締める。
いつもいつも、自分は間に合わない。五年前も、この間も、今も、だ。直ぐ傍に居たのに、何の為の護衛か。
エディアルドに振り回されている自覚はある。
それでも護るべき相手を護り切れていないのは事実で、情けないにも程があるとウィルフレッドは思う。もう一人自分が居たなら、間違いなく殴り倒していただろう。
卵を抱くように目を閉じているエディアルドは、幸いな事に呼吸もしっかりとしていて顔色も悪くは無い。むしろ、地面に転がっている作業員達の方が血の気の無い顔色をしている。
作業員達には悪いが、ウィルフレッドにはエディアルドの安全が優先される。何しろ風が吹いても熱を出す王子様なのだ。この冷えた外気の中、放って置くわけにはいかない。
一足先に部屋へ連れて行こうと抱え上げようとして、出来ずに呻いた。エディアルドが思いの外しっかりと卵を抱き締めて離れないのだ。
多少、卵に罅が入っても構わずに無理にでも引き剥がそうかと考え、エディアルドが気を失う前に態々「壊すな」と言っていた事を思い出した。
何の卵かはウィルフレッドには判らないが、エディアルドが壊してはいけないものだと言うのなら彼にとっては意味のある卵なのだろうと強硬手段は諦める。そうすると、流石に応援を待たなければならず、結局は何も出来ない事に気付いて顔を顰めることになった。
ううむ、と葛藤していると小さく呻く声が聴こえた。倒れていた者の内の誰かが気がついたらしいとウィルフレッドが視線を巡らせると、声の主はマティアスだった。
「気がついたようだな、マティアス殿」
「――、私は……何が……」
マティアスはまだ意識がはっきりしないのか、身体を起こしたものの頭を振って眉を寄せている。ウィルフレッドはそれを横目で見ながら、とりあえずエディアルドの身体を外気から護るように、無いよりはましだろうと己の外套を脱いで羽織らせてやる。
「俺にもよく判らん。作業をしていた者達が急に倒れて、樹の根は動くは魔法陣は光るは、挙句の果てに樹も魔法陣も黒い箱も綺麗さっぱり消えちまった。殿下は何かと話していたようだったが……そんなこんなで残ったのは殿下が抱いている卵と巣だけだな」
「卵……?巣?……ああ」
ウィルフレッドの言葉を確認するように辺りを見渡し、マティアスはそれが事実である事に納得する。目に入るものがその二つしかないのだから当然である。そして『卵』と言われて怪訝そうにその物体を見つめた。
それはそうだろうな、とウィルフレッドは思う。
何しろ、何の卵だと思い当たるものが無いくらいに大きいのだ。不思議に思わない者は居ないだろう。
「その卵はいったい……」
「樹の根っこの下に黒い箱があっただろう?何がどうしたのか俺には判らんが、樹の根が張り付いたと思ったら箱が崩れて、出てきたのがこの卵。魔法陣は箱が崩れたと同時に消えた。で、樹が根っこで卵をここまで押し上げて、その後樹は枝も根も砂みたいに崩れた。残ったのは卵を取り巻いてる巣くらいか」
「――そうですか」
「魔法陣が消えたせいか殿下がここまで来ても大丈夫だったんだが……この卵に触った途端、また倒れられた」
「!」
「今の所、呼吸も脈もしっかりしてる。急にどうこうっていう状態じゃない。運ぼうにも卵をがっちり抱え込んでるもんで、俺一人じゃ動かせない。エルステッド殿下が応援を寄越す筈だから、待機中ってところだ」
驚いたマティアスだったが、ウィルフレッドの説明に安堵したように肩から力を抜いた。
「なるほど……それにしても、随分大きな卵ですね」
「だよな。本気で目を疑ったぞ」
「その『巣』のようなものは……」
「ああ、たぶん樹の根だろう。他は全部崩れちまったが――卵を保護する為に残ったんだろうな」
「樹の、根…………ふむ」
ふらつきながらもなんとか立ち上がったマティアスはエディアルドの抱える卵の傍へと寄り、巣になっている樹の根に触れてぱきりと小さく折り取る。
手にした小さな根は崩れることは無く、断面は至って普通の根のようだった。
卵についてはマティアスにもよく判らない。触れてエディアルドが倒れたと言うのなら引き剥がした方がいいのでは、と思いはしたが、ウィルフレッドが強行しないのなら必要は無いのだろう。
脱力感の激しい身体を気力で立たせ、もう一度マティアスは庭を見渡す。
「……随分と、見晴らしが良くなりましたね……」
「そうだな」
殺風景、という言葉がこれほど当て嵌まる庭も無い。
中央に根付いていた大きな樹も、国を脅かす黒い魔法陣も消えてなくなり、残ったのは掘り起こした大きな穴と見たことも無い大きな白い卵だけ――。
樹の根が動いた理由、消えた理由、黒い箱、佇んでいた白い女、――魔法陣を敷いた者は?消失によって効果も消えたのか?これで本当に解決したと言えるのか?
謎は謎のまま、調査することも多く残る。
それでも確かに、何かが終わりを遂げたのだろう。
「……人に出来る事など、本当に僅かなものでしかないのですね」
何一つはっきりさせる事が出来ないまま収束するのかと、調査に携わっていたマティアスとしては虚しさを覚える事態だったが、得られた結果が悪いもので無いのなら研究者としての不満など然して問題では無い。
何も無くなった庭を、風が吹き抜ける。
弄られるように髪を揺らすマティアスの耳が、遠くから近付いてくる音を拾う。
「来たようです」
「だな。――やれやれだ」
空はどこまでも澄み渡り、地上での出来事など素知らぬように静けさを湛えていた。
*****
おまけ
「エディアルド様!?」
卵を抱き締めたまま意識を失くしているエディアルドを目にした途端、ニナは顔を青褪めさせた。
「ニナ、慌てるな」
「ウィル、あなたいったい何してたの!?どうしてエディアルド様がこんな事になっているのよ!?」
護衛として付いていた筈のウィルフレッドの襟首に掴みかかり、ニナは不安な心そのままに責め立てる。
「護衛でしょ!?エディアルド様を危険から守るのが仕事でしょ!?なのに、何でこんなことになってるのよ!ばかっ!」
「ばかって……いや、あのな?」
「言い訳なんてするな!役立たず!!」
「……」
ウィルフレッドはニナの好きにさせ、罵られながら溜息を吐きたいのを堪える。不甲斐無いのは確かなので何も言い返せない。それでも傷付かない訳ではないのだが。
一頻りウィルフレッドに罵詈雑言を浴びせていたニナは、気が済んだのか襟首を掴んだまま口を閉じた。
黙り込んだニナが離れないのを訝しく思い、ウィルフレッドは視線を移す。俯いているのでニナの頭のてっぺんしか見えない。
「……ニナ?」
「ごめんね。酷い事言った」
「……いいさ。本当の事だ」
自嘲するように言えば、ニナは首を振る。
「八つ当たりしちゃった……エディアルド様が動きたいように動いたらウィルの手が届かない時もあるって、私は知ってたのに」
「いいよ」
「エディアルド様は生きてるし、マティアス様も他の皆も無事だったし、結果としては悪くないって判ってる。でも――」
「現場に居られなかったから心配だったんだろう?」
「……うん」
まだ役目に就く前のように、幼い頃のような返事を返しニナがことり、とウィルフレッドの胸に額を付け、凭れかかる。
ウィルフレッドはちょっと目を瞠り、柔らかな笑みを浮かべた。




