6話 【お願い】
てへっ、とでも言いそうな答えに青年は軽い眩暈を覚える。
ぬいぐるみが茶を飲むだなどという、ありえない事象に出会ったのも初めてなら、こんな非常識な物体に対峙するのも初めてなのだ。脱力したところで誰が責めようか。
「…気合い…そうか、気合いか…」
『飲みたいな~と思ってたらですね、こう、何というかあったかい何かがふわっと流れてきてですねー。おやあ?って思ってたらお茶が消えましたっ!』
なのでたぶんお茶を飲んだということなのだと思います、とくまは言う。どんな飲み方だ。
「…まあ、いい。で、くま」
『くまじゃありませんってば』
どうしても呼び名が気に入らないらしいくまである。表情は動かないが、その代わりと言おうか声にありありとその感情が乗る。青年は堂々巡りを繰り返す会話に自分の感情がいらっとささくれるのを我慢できなかった。
「…自分の名前もわからんくせに我儘言うなっ!そもそもくまのぬいぐるみに取り憑いてる時点でくまでいいだろうが!不満があるならさっさと名前を思い出すがいいっ!」
『…うぅ?』
「そもそも自分を幽霊だという根拠を言ってみろ!ただの自己申告だけで信用されるなんて甘いこと考えてるんじゃないだろうな!?何となくだなどと言ったら斬るぞ!?」
『えぇっ!?ひどい!』
「だいたい基本的な情報抜きでは話が進まんわ!幽霊だと言い張るならせめて自分の名前、年齢、死んだ原因、場所、理由くらい覚えておけ!」
『あうあう』
怒涛の如く言い立てられ、くまは泣きそうな声を上げて頭の上に両手を乗せて縮こまっている。まるで叱られる子供のようである。そんなくまの姿を見て青年は「はあぁ…」と盛大な溜息を吐き、心もち前のめりになっていた身体をソファの背に預けた。
『えと、えと、…すいません、ごめんなさい、言われたことが全く思い出せません…』
しょぼん、と項垂れるくまの声が申し訳なさそうに小さくなった。
なんだか小さな子供を苛めているようだ、と青年はさらに小さく溜息を吐く。
記憶喪失のくま…もとい、くまに取り憑いた幽霊などどうすればいいのやら。神官でも呼んで祓ってもらえばいいのか?聖別された剣なら或いはこの非常識な存在を斬ることができるかもしれない。…それではあまりに哀れか。
「…そんなに何も覚えていないのに私に何の用がある?まさか私に殺されたから恨みを晴らしたいとでも言うつもりか?」
言ったものの、青年に女子供を手にかけた覚えはない。くまは不思議そうに首を傾げた後ぶんぶんと横に振った。頭がもげそうな勢いだ。
『いえいえ!そうじゃなくてですねっ!あの、ちょっとお願いがあってお話ができる人を探していたんです!でもなかなかアタシの声を聴いてくれる人っていなくてっ!視てくれる人もいなくて…そもそも起きていてくれる人も少ないですし!』
「…お願い?」
必死に言葉を言い募るくまが願うこととは何だろう。と、青年が訊き返すと、くまは勢い込んで両手をテーブルに突いてソファの上に立ち上がった。
『はいっ!実はですね、アタシを探して欲しいんです!』
「…は?」
意味不明過ぎだろ、くま。