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真夜中のお茶会  作者: ねむりねこ
出会い編
69/81

68話 【いのちのはじまり】


 全ての力を最後の一滴まで使い切ってしまったように崩れ落ち、砕け散った樹の残骸は、そこから元の姿を想像出来ない程に原形を留めていなかった。

 地面に残る灰白のそれに指を伸ばすと、さらりと軽い砂のような感触しかない。

 風に舞い、少しずつどこかへと飛ばされて消えて行く残骸を見送りながら、エディアルドは瞑目する。殆ど言いたいことだけを言って、あっさりと消えてしまったソフィアではあるけれど、せめて安らかであれと祈る。

 それにしても――と、暫しの感慨の後、エディアルドはそこかしこに倒れ伏している作業員達を見遣り、自分が仕出かした事でもないのに何やら申し訳ないような複雑な気分を味わう。

 おそらく魔力が回復すれば元気になるだろうが、訳もわからず昏倒させられれば面白くはあるまい。しかも苦情を言うべき相手は既にいない。おまけに、その原因というのが得体の知れない卵とあれば――存分に叫ぶ事の出来る部屋でも用意するべきだろうか。

 とりとめのない事を考えながらもエディアルドは念の為に手近な者から安否の確認を取り、楽な姿勢に変えてやっている。

 倒れた作業員は二十名を超えており、エディアルドとウィルフレッドだけではどうにも出来はしない。先に退避した、エルステッドかシャーロットが手配した筈の応援の兵を待つしかないのだ。


「陽があるとは言え……吹き曝しでは風邪を引くか?」


 魔力を吸い取られ、顔色があまりよろしくない作業員達を見てエディアルドは顔を顰める。じきに応援が来る筈と思っても、せめて風の当たらない場所に運ぶべきだろうかと悩み始めたエディアルドだったが、呆れたような声でウィルフレッドが「放っておいていい」と溜息を吐く。

 この数年、碌に鍛えてもいないエディアルドが意識の無い男達を運ぶのは、客観的に見て大分無理がある。そもそも、王子であるエディアルドにそんなことはさせられない。


「殿下じゃあるまいし、鍛えてありますから少々の寒さくらい平気でしょう。それより――」


 顔を顰めたまま、ウィルフレッドは視線を樹の根によって地上に運び上げられた謎の物体――大きな卵へと向ける。


「あれ、どうも様子がおかしいんですが」

「おかしい……?」


 促されるようにエディアルドの視線も卵へと向けられる。

 最初に目にした時は灰がかっていた。

 少女がぬいぐるみから風に攫われた後見た時は、微かに虹色の光が覆っていた。

 そしてソフィアが消える間際には光は消え、卵の色は真っ白だった筈だ。それが――。


「……色が、くすんできている……?」

「なんか、石みたいになってきていませんか、あれ」


 樹の根の籠に守られているように見える白かった卵が、最初に目にした時のように――いや、それ以上に灰色にくすみ白さを失っていく。

 駆け寄りながら、エディアルドはソフィアが最後に残した言葉を思い出す。


『あのこを、助けてあげてね――』

『――まだ、足りないから――』


 それはどういう意味だ?

 足りないとは、何の事だ?

 めまぐるしく考えながら、その答えはとうに出ていた事にエディアルドは気付く。

 エディアルドにしか視えなかった少女。

 ぬいぐるみから吹き飛ばされ、消えた先にあった卵。

 ソフィアの言葉。

 エディアルドが倒れた理由。時期。戻らない魔力。

 様々な事柄がぱちり、ぱちりと嵌っていく。

 考え過ぎかもしれない。こじつけと言われればそうだろう。何故なのかは知らないし、思い描いた事が本当なのか自分にだって判らない。

 それでも、何をすればいいのかエディアルドには判る。

 くすんでしまった卵の前で、エディアルドはウィルフレッドへと振り返る。


「ウィル。この卵、壊すなよ」

「は?」

「まあ、先に謝っておく。面倒を掛ける。すまないな」

「え?面倒って……」


 困惑するウィルフレッドに苦笑を返し、エディアルドは卵へと手を伸ばす。

 何故(・・)、かなんて。

 そんな事に拘る必要が、どこにあるのか。

 いつかは消えてしまうものと諦めていたものが、そこにあるのだ。

 失くしたく無い、と思ったものが。

 手を伸ばして、何が悪い。

 子供のようだな、と自嘲し、エディアルドは迷惑と心配をかけるであろう幼馴染に頭の片隅で詫びる。

 躊躇う事無くそっと触れた卵の表面は、ざらりとして冷たかった。ぴたりと付けたエディアルドの掌から、すうっと熱が奪われていく。


(ああ、やはりか――)


 卵に凭れかかるように座り込み、エディアルドは小さく笑う。

 傍らで焦ったようなウィルフレッドの声が聞こえるが、先に謝っておいたのでよしとしよう。

 急激に抜け落ちて行く力に抗えず、エディアルドは目を閉じる。

 

 とくん、と――。


 意識が闇に落ちる寸前、微かに――小さな音が聴こえたと思った。



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