62話 【再会】
「いやですわ、わたくし夢でも見ているのかしら…」
引き攣った笑みを浮かべて呟くシャーロットの足が、そろりと後ろへ下がる。
「だとしたら嫌な夢だな」
この光景を目にして気絶しないあたり、なんて神経の太い妹だろうか。と、ばれたら食って掛られそうな事を思いつつ、エルステッドはその妹を背に庇うように前に出る。シャーロットと同様に表情は強張り引き攣っていたが、男としては立派な行動であろう。背後で(エル兄様もカッコいい所があるじゃない?)とシャーロットが密かに見直していたので、兄の面目躍如といったところか。
そしてシャーロットに抱えられたくまもまた、見た事の無い光景に思わず奇妙な叫び声を上げていた。
『ぅ、にょろにょろ~~!?』
まるで厩に棲み着いた猫が銜えて来たにょろにょろのようだが、それよりも太いし数が多いし何よりもつるつるしていない。おまけに縦横斜めと好き勝手に蠢く様は、本来動く筈の無いモノが動く事に加えて理解し難く気色悪い――――筈なのだが。
くまは記憶が無いせいか常識も足りない。そして感性も周囲と揃える必要が無かった為にかなりずれているようだった。
『…猫さん、連れてきたら喜ぶかなあ?』
何故に猫!?とか突っ込みを入れる所だったエルステッドとシャーロットは、くまの声が聴こえるようになっている事に気付き、はっとして周囲を見回す。
城内には庭が幾つかあり、どの庭も出入り口は複数存在する。二人(と一匹?)が入って来た入り口とは別の入り口付近に、エディアルドは護衛と侍女を連れて立っている。
奇怪な根が蠢く範囲に倒れている者達の中に居るかもしれない、と過った不安は杞憂だったようだとエルステッドはほっと安堵する。
「シャロン、あそこに兄上が」
と、ぬいぐるみを抱いた妹の手を引き、エルステッドは訳の解らない状況ながらエディアルドと合流する為に庭を駆ける。勿論シャーロットにも異存は無い。
エディアルド達も庭に二人が入って来た事に気付き、予想外の事態に驚く。
「エル、シャロン!何故ここに!?」
「ちょ、殿下方、なんつータイミングで来るかね!?」
純粋に弟妹を案じるエディアルドと違い、ウィルフレッドは護衛の対象が増え、事態が益々ややこしく面倒になった事に頭を抱える。
エルステッドとシャーロットは、城内に戻れとウィルフレッドが警告する前に此方へと走っていたので、いっそ纏まった方が安全かと思い直す。エディアルドの傍で周囲の――特に庭中央の蠢く樹の根に警戒しながら、合流した後は一旦安全な場所へ避難させる事を優先しよう、とウィルフレッドは算段する。その目の前を、茶色い物体が飛んで行った。
『エ、エド!エド、いた~~!!』
「くま!?」
飛び込んで来たもこもこの茶色のぬいぐるみを抱き止め、エディアルドは目を瞠る。それはウィルフレッドもニナも同じ。
「生きてた!?…あ、いや、違うか??」
そう言えばぬいぐるみに憑いた幽霊だったと思い出す。
(幽霊は生き物じゃないよな)
なんとなくぬいぐるみのようなイキモノと思い込んでいたな、とウィルフレッドは首を捻る。
それは兎も角。エディアルドに魔力を注いだ後、てっきり消えてしまったと思っていたが、どうやらしぶとく消えずにいたらしい。その事に、自分でも意外な程ほっとしている事に気付きウィルフレッドは苦笑を浮かべる。何も言わないが、ちらりと見下ろしたニナも口許を綻ばせていたので似たような気持なのだろう。
『エドッ…エドがっ、いなくてっ!』
「くま…?」
『き、気が付いたら、お部屋にだれも、いなくてっ』
「…うん」
『どうしたのかって…!』
「そうか」
『…びっくりして!もしかして、し、死んじゃったかとっ…!』
「…それは、ひどいな」
飛び込んで来たくまのぬいぐるみがじたばたと手足を動かし自分にしがみ付こうとしているのを見て、エディアルドは本当にくまなのだと、ようやく納得する事が出来た。
涙は無いが、雰囲気的にえぐえぐと泣いているくまを宥めるように腕に抱き、ぽんぽんと背を叩く。
幼子をあやすかのようなエディアルドの優しい仕草に、くまを連れて来たシャーロットとエルステッドも、傍に控えていたウィルフレッドもニナも、顔を見合わせ笑みを浮かべる。
いつの間にか、其処に居るのが当たり前のように。
『ひとりで…っ、お部屋から、出られなくて…!』
「うん」
『エドが、いないのは、いやなの…!』
「…そうか」
『もう、ひとりは、いや』
「そうか」
『いっしょに、いたいの…っ』
「……そうか」
『おいていかないで…!』
「…」
泣きながら言い募るくまをあやしていたエディアルドは、「置いて逝ってしまうのは、そなただろう」と言いたかった。実際、置いて逝かれたと思った。ひとりは嫌だと言い、それなのにエディアルドの前から勝手に消えた。――本当は消えていなかった訳だが、随分と勝手な事ばかり言うと、ちょっと怒ってもいいだろうか。
エディアルドの機嫌が微妙に下降したのを察したのか、くまがぴたりと泣き止んだ。
「…くま?」
『………ぁい……?』
ちょっと低い声音に、きっと汗を掻く器官があったらたらりと汗を流していたに違いない動きで、くまはエディアルドの肩から顔を上げる。
「泣言を言う前に、自分がやったことをちょっと思い出してみようか?」
『…』
「今まで寝ていた原因は何だったかな…?」
言われてくまは思い出す。
やったこと。
エディアルドに動く力をあげました!
でもそれが何?と、きょとん、と首を傾げるくまにエディアルドの頬がひくり、と引き攣る。
その様子を眺めていたニナが溜息を吐いて補足する。
「あなたが動かなくなって、私達はあなたが消えてしまったと思っていたのよ。あなたがエディアルド様を助ける為に残り少ない力を使い切ってしまったと、そう考えたから。あげたあなたはそれで満足だったのかもしれないけれど、残されたひとの気持ちは…もう、解るわね?」
ニナに言われてくまは考える。
よかれ、と思ってエディアルドに力をあげた。あの時、あのまま消えてしまったとしても自分は後悔しなかっただろう。でも、誰もいない部屋にひとりで取り残されて、とても――とても寂しかった。嫌だと思った。
(エドも、いやだった?)
ニナもウィルフレッドもシャーロットもエルステッドも、みんなが傍に居ても。
(寂しかった?)
くまがそうであるように、エディアルドもまたくまが居なくなることを寂しいと、嫌だと思ってくれたのだろうか。
だとしたら――。
『…ごめんね、エド…』
「…解れば、いい」
『…うん』
ぎゅ、っとエディアルドの肩にしがみ付いて、くまは『…でも』と小さく呟く。「うん?」と聴き取ろうとしたエディアルドに頭突きをかます勢いで顔を上げたくまは、きりりと顔を引き締め―――高らかに宣言した。
『反省はした!後悔はしていない!!』
直後、背後の壁と仲良くなったくまを目にした全員が、疲れたように乾いた笑いを浮かべていた。
『自業自得』という言葉を知っているか?くまよ――。
…どうしてこうなった…?
おまけ
*****
にょろにょろにょろ。
「馬鹿だな」
うねうね。
「馬鹿ですわね」
にょろにょ…。
「馬鹿だろ」
うね…。
「そんな精霊様も可愛いですわ!」
にょ………。
しょぼ~ん…。
誰か、背後を気にしてやれよ…。




