4話 【自己紹介は基本です。】
部屋の中に入り廊下との温度差に青年はふるりと小さく震える。思いの外身体が冷えていたらしい。一度身体が冷えるとなかなか体温が戻らない自分を知っている青年は、手っ取り早く身体を温めるために茶を淹れようと常備してある道具へと手を伸ばす。
『わぁ…中は暖かいんですねぇ』
振り返るとぬいぐるみのくまが…面倒だ、もうくまでいいか。くまが感心したように部屋を見回していた。きょろきょろと興味深そうにしている様子は…可愛くないこともないかもしれないが少々不気味だ。
「ぬいぐるみのくせに温度がわかるのか?」
『おぉ!?そういえばそうですね!不思議ですね!何故なんでしょう?』
「いや、私に訊かれてもな…」
本当に不思議そうに首を傾げられ、妙な疲労を感じて青年は肩を落とす。ぬいぐるみの生態…もとい、幽霊(仮)の生態(?)なぞ知るものか。
「室温を一定に保つ術をかけた魔道具が設置してある。真冬でも真夏でも全く温度が変わらないというのはどうかと思うがな」
『季節感がないってことですね~』
「そうだな」
『つまらなくないですか?』
「つまらない、か。考えたことはなかったな。ただ、無駄なことだと思うだけだ」
『無駄?』
「部屋の温度を保つためだけに高価な魔道具を使っているからな」
魔力に満ち溢れたこの世界では、魔力の差こそあれ誰もが当たり前のように魔法を使う。それでも魔石を使い術式を仕込んだ道具は、誰でも作成できる物ではないために買うとなれば高価だ。
魔石は魔力が無くなれば砕け散る。術式は残るので魔石を交換すればまた使えるようになるが、交換後は術を発動させるために幾許かの魔力を通す必要がある。そして青年の部屋にある魔道具は稼働後一度も魔石を交換したことがない。既に5年は経っているのにだ。普及している同種の魔道具の寿命が2~3ヶ月であることと比べればどれだけ純度の高い魔石が使われているのか。
それを知ってか知らずかくまはきょとんと首を傾げる。
『でも必要だから使ってるんでしょ?』
「…そうだな」
確かに青年の周囲が必要だと判断したから、この部屋はまるで外の世界と隔絶されたかのように過ごしやすい室温に保たれている。青年が望むと望まざるとに拘わらず。
「くま」
『…アタシ、くまじゃないわ』
「…ぬいぐるみのくま」
『だからくまじゃないってば』
話しかけるにしても青年は正体不明のモノの名前など知らないので、《くま》と呼べば違うという。ならばとぬいぐるみという形状を付け足してみたらそれでも不満らしい。いったいどう呼べと。
「…では、名は何という」
『さあ?』
首を傾げるくまに青年の蟀谷がピキリと引き攣った。
「…巫山戯ているのか?」
『だって、名前わかんないもの』
怒気を滲ませた青年の声にくまは困ったように俯く。
『ねぇ』
顔を上げたくまは、ぬいぐるみだから泣いてなどいないけれど。
何故か泣きそうだと思える声で青年を見つめた。
『アタシ、だれなのかな?』