48話 【忘却の悲劇】
今回、過去の戦争時の話なので暗いです。
昔々――とは言っても、それ程遠くは無い昔。
ソランディアは望まぬ隣国ヴィーアスとの戦に疲弊していた。長く続く戦は、人としての尊厳を容易く崩壊させる。妬みから始まった戦争は、ソランディアに対するヴィーアスの無慈悲を際立たせた。
幾度となく仕掛けられる侵略行為。略奪は当り前、若い娘は攫われ、老人はその命を奪われ、大人も子供も関係なく動ける者は奴隷に貶められ、同じ「人」であるのに「人」としての扱いなどそこには欠片も無く。
王命である事を振り翳し、倫理観は麻痺し、罪悪感すら感じる事無く、ヴィーアスの暴虐は繰り返された。
国境は荒れ、民は傷付き、ソランディアに少なくは無い被害を出していた。土地を追われ、家族を喪い、食べるものにも事欠き、飢え、疲れ果てた人々の心は荒んでいく。
悲しみは憎悪を呼び、喪失は憤怒を巻き起こす。為す術無く、理不尽な暴力に蹂躙される彼等が敵国の人間に寛容な心を持てる筈も無く、悲劇は起こった。
娘は国境の村に住んでいた。
両親は既に亡く、たった一人の肉親である兄は勉学の為に異国へと渡っていた。それ程大きくは無い村であったから娘が一人で暮らしていくのは楽な事ではなかった。それでも村の人々は気が良く、何かと娘の事を気にかけてくれ手助けをしてくれたので平穏に過ごしていた。
――――戦争が起こるまでは。
娘の母親はヴィーアスの民だった。
村人は幼い頃から娘を知っていたから、ヴィーアスの血が混じっているからと言って娘を差別することは無かった。しかし、敵兵に襲われ、他の村から命辛々避難して来た人々は娘を知らない。ある日、何気ない一言により娘がヴィーアスの血を引く事を知った人々は娘を責める。
お前達のせいで、村を、夫を、妻を、娘を、息子を、親を喪ったと。
娘が何かをした訳ではないのに、ただ、母からヴィーアスの血を引き継いだと言うだけで罵倒した。
理不尽な暴力に曝され、強者である敵国の兵には返せない怒りを、恨みを、娘に向けた。そして追い打ちをかけるように、この村にも戦火の波が押し寄せる。
防衛の為に訪れた兵団に、娘は突き出された。きっと隣国と通じて居るに違いないと口々に言い立てる人々の顔は憎悪と侮蔑に歪み、娘はこの村で生まれ育ち、間違いなくソランディアの民であると庇う村人たちの声は呑みこまれた。
兵士の中にも娘を蔑視する者が見られ、娘は怯える。このままでは任務に支障をきたすと危惧した指揮官は、娘をこの村から出す事にした。
戦の被害を受けた民の心は荒み、誰かに当たり散らす事で鬱憤を晴らそうとする。それを無理やり諌めようとすれば不満は募り、予想外の方向に爆発する危険がある。ならば、原因となる者が目の前から失せればいい。
娘を断罪しようとする者、逆に娘を庇い保護を求める者、それぞれの意を受けて娘は王都へと護送された。罪人としてではなく、人々の悪意を逸らす為と事情が判明するまでその身を保護する為に。
指揮官は、護送する兵にも罪人の扱いはしないよう言い含め、身の回りの物も持参させた。
何事も無ければ、娘は戦争が終わるまで王都で過ごし、終われば村へと帰る事が出来る筈だった。
けれど、何がどう間違ったのか。
指揮官の意向を上手く伝えられなかった護送兵のせいか。或いは村での噂を王都の兵に漏らした護送兵のせいか。はたまた、指揮官の伝言を捻じ曲げて捉え、噂を事実と思い込んだ王都の兵のせいか。
小さな悪意と大きな誤解が重なり、娘は牢獄に捕らえられ、身に覚えの無い「事実」を突き付けられ、おぞましい拷問を加えられ、哀しみと絶望の果てに命の灯を消した。
誰も、娘の「真実」に気付かなかった。
誰も、娘の「命」など気にしなかった。
ただ、記録に残しただけだ。
――国境の村エダ出身 ソフィア 十五歳 獄中にて死亡。――
戦時中であったが故に無実であると聞き入れられず。
全てが誤解であったと、関わった人々が気付くのは、遠く国境に赴いていた指揮官が期間を果たして後。
戦争がヴィーアスの滅亡という形で終わり、娘を村へと帰してやれると。娘の所在を尋ねた指揮官は茫然としたという。
戦争とは、斯くも人を血迷わせるものか。
惨い扱いの末打ち捨てられた娘を哀れに思い、せめて遺骨だけでも故郷に帰してやろうと指揮官は葬られた場所を探したが、結局見つけることは叶わなかった。
当時、敵国の人間に向けられる温情など僅かばかりも無く、墓に入れられる事も無く、殺人や強盗などの重犯罪者のように何処かに纏めて埋められたとしか判らなかった。
こうして、ソランディアとヴィーアス両国の血を引く娘、ソフィアは喪われた。
当時の施政者達はヴィーアスとの戦と王家に降りかかった呪いへの対応に追われ、誤解の果てに犠牲となった弱き者の事など構っていられなかったのだろう。それでなくとも戦で命を落とした犠牲者は多数に上る。その中には村娘ソフィアのように、誤解から命を落とした者が居たかも知れない。その一人一人の事情を探り、事実を明らかにし、その死を悼む余裕は誰にも無かった。
戦後、荒れた国を立て直し、復興の為に手を尽くし、誰もが忙しく駆け回るうちに、非業の死を遂げた娘の事など記憶から薄れ、忘れ去られていった。
百年、誰も思い出しもしなかった娘の悲劇について、何故こうも詳しくフェルナンが語れるのかと言えば。
「娘を王都に送った当時の指揮官が仔細を記録に残していました」
「記録?」
「…当時の軍執行部の過失、という事が発覚すると拙かったのでしょう。正式な記録はソフィアの獄中死だけですが、かの指揮官が日記という形で書き残したようです」
「…そうか…」
フェルナンの説明を受けてエディアルドは瞑目する。
戦時中とはいえ、血により誤解され蔑まれ、謂れのない暴力を受ける事になった娘を哀れに思う。
「それにしても…よく百年前の記録を見つけ出したな?」
感心するエディアルドの目に、フェルナンのどこか壊れたような笑顔が映った。
「ふふふ…まさか、本当に百年分の記録をひっくり返すとは思いませんでしたが!この城で身元不明者を出すなんて、許せる事ではありませんからねえぇ…!」
力いっぱい握り拳を作り、天井に向かって達成感を滲ませた笑顔で叫ぶフェルナンに、思わず身を引いたのは――エディアルドだけではない筈だ。
たぶん。
おまけ
*****
「いやあ、なかなか楽しい人だったんですねえ、内務管理官殿は」
「いえ、フェルナン殿は至極真面目な方で、普段あのように叫ぶことは…」
「え?そうなんですか?」
「はい」
「ええと、じゃあ、これは…?」
「おそらく…百年分の記録探索という過労と睡眠不足による一時的な高揚…でしょうか?」
「あぁ…わかります。私にも身に覚えが…」
「え?」
「浮かんだ魔法式を試行錯誤して構築・展開してると時を忘れますものねえ」
「…え?」
「式を転写して完成だと思ったら爆発しちゃった時なんか、笑いが止まりませんよ」
「……えぇっ!?」
それは何か違う、とニナは思った。




