46話 【三日月の夜】
窓から覗く空には、痩せ細った三日月が頼りなく淡い光を放っている。
コトリ、と窓辺に寄せた小さなテーブルに茶器を置き、エディアルドは椅子に腰を下ろした。
前回見上げた時は丸みを帯びた半月だった。
部屋からほとんど出る事無く、時間から取り残されたように変化の少ない生活。何も変わっていないようでいて、それが上辺だけの事だと誰もが解っている。
たった五日過ぎただけで、周囲の状況は驚く程変わってしまった。そして倒れている間にエディアルドは身動きが取れなくなっていた。
花を咲かせない樹。
顕現した黒い魔法陣。
調査の概要。
そして――消えた幽霊の少女。
解らない事ばかりで答えに辿り着けない。
けれど、一つだけはっきりしている事がある。
不可解な出来事のほとんどにエディアルドが関わっている、ということだ。
だからこその軟禁なのだが。
そこまで考えて、エディアルドはふっと息を吐く。
まだ湯気の残るお茶は温かく、甘い香りを漂わせている。少女が好きだと言ったお茶だった。一口含むとほんのりとした甘みがある。
茶器はもう一つ、窓辺に置かれたぬいぐるみの前にも置かれていた。
なんとなく、二人分準備してしまっていたのだ。
もしかしたら眠っているだけなんじゃないかと。
好きだった香りに惹かれて動き出しはしないかと。
けれど、ぬいぐるみはいつまでもぬいぐるみで、エディアルドにその黒い瞳を向けてはくれない。
そう言えば、少女の本当の瞳は何色だったのだろう?
全体的に白っぽいとしか見えず、最後に見た時はかなり薄くなってしまっていたから瞳の色など判らなかった。
あれ程、誰にも覚えて居て貰えないのは嫌だと、知られずに消えるのは嫌だと言っていたのに、結局誰も――エディアルドすら少女の本当の姿を知らない。知っていたとしてもエディアルドもそう長くは生きて居られないというのに。
「人選を間違えたな?」
誰にともなくエディアルドは呟く。
もっと丈夫で長生き出来そうな人物の所へ行けば良かったのに、少女を視る事が出来たのがエディアルドだけだなんて、どんな皮肉だろう。
「自分だって消えそうだったくせに…やっぱり、馬鹿だったな?」
手を伸ばして窓辺のぬいぐるみのくまを引き寄せる。
「放って置いてもよかったんだ。どうせすぐに誰かが救援に来ただろうに。大人しく待っていれば、消えずに済んだだろう…?」
答えないと判っていて、それでもエディアルドはぬいぐるみを見つめ頭を撫でる。
「お前に分けて貰った分を返せたら――戻って来るだろうか?」
一度知ってしまった温かさは、取り上げられれば何かがぽっかりと欠けたようで満たされることが無い。欲しい、と思ってもどうすれば手に入るのか判らない。
まだ、欠片でも残っているのなら。
「戻って、来い」
抱き締めたぬいぐるみは温かくは無い。
けれど、エディアルドは構わずにぬいぐるみを抱いたまま寝台に転がる。
まだ身体は休養を欲している。どうせすることも無い、と目を閉じる。
エディアルドの部屋から件の庭は見えない。
庭の入口には見張りの兵が立ち、不気味に浮かび上がった黒い魔法陣を警戒していた。
けれど、誰も気付かなかった。
花を咲かせない樹の根元。
そこに立つ人影に。
気付かなくて当たり前なのかもしれない。
何故ならそれは――細い月の光よりも淡い、白い影だったのだから。
きっと、想像してるのと違うよ、たぶんね。




