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真夜中のお茶会  作者: ねむりねこ
出会い編
46/81

45話 【魔法陣】

 季節を問わず常に適温に調整された部屋の中で、エディアルドは寝台に押し込められていた。

 勝手に散歩に出掛け、城の一角に妙な魔法陣を出現させた後。駆け付けた医師とニナ、そして近衛達の手によって応急処置を施され、エディアルドは自室へと運び込まれた。

 オーエン老医師の小言を聞く前に意識が混濁したのは幸いだったかもしれない。しかし、その後三日間に渡り高熱に苛まされる事になり、エディアルドは酷く憔悴していた。

 目が醒める度にエディアルドの視線が彷徨うのに気付いたのはニナだった。

 熱に浮かされ意識のはっきりしない状態で、まるで何かを探すように部屋の中を見回し、再び目を閉じることを繰り返す。

 気付いてから、ニナはエディアルドの寝台に近い窓辺にくまのぬいぐるみを座らせた。

 ぬいぐるみは動かない。おしゃべりもしない。それでも、エディアルドはぬいぐるみが視界に入ると、しばらく見つめた後眠りに落ちる。

 ぬいぐるみの中に、あの半透明の白い少女が入っているかどうかはニナには判らない。首に飾った黒い石は変わらずそこに在るけれど、彼女のおしゃべりは聞こえない。

 ウィルフレッドの話によれば、彼女はエディアルドに自身の残り少ない魔力を与えてそれっきり沈黙してしまったらしい。

 消えてしまったのかしら、とニナはぬいぐるみを見つめる。

 得体の知れないものをエディアルドに近付けたくは無かったニナだったが、いつの間にかあの賑やかな幽霊に慣れてしまっていたらしい。迷惑な存在が静かになったというのに、どういう訳かそれを残念に思う自分がいる。

 エディアルドの額の布を冷たいものと取り換え、ニナはどうかエディアルドが悲しむことが無いように、と祈る。


 エディアルドが寝台の上にようやく身体を起こせるようになったのは、それから更に二日後の事だった。

 ぬいぐるみは、ただぬいぐるみとして窓辺に座っている。


「…消えた、か…?」


 ぽつり、と。

 誰の耳にも届かないような小さな呟きが、エディアルドの唇から零れ落ちる。

 起き上がろうという気が湧かないのは、病み上がりで体力が落ちているばかりでも無いのだろう。気怠い身体を幾つも重ねられたクッションに凭れ掛けさせ、エディアルドは思った以上に気落ちしている自分に驚く。

 くま(少女)が来る前に戻っただけだ。それなのに、居ない(・・・)事が納得出来ない。

 眠っているだけだ、とか。きっとどこかに遊びに出掛けているのだ、とか。自分の都合のいいように解釈して、どうして戻って来ないのかと理不尽に憤ってみたり、そんな身勝手な自分を自嘲してみたり。そして、本当に消えてしまったのかと思い、それを否定するようにまたあれこれ想像してしまう。

 自分はこんなにも諦めが悪かっただろうか、とエディアルドは思う。ウィルフレッドやニナが聞いていたら「何を今更」、と呆れ返っていただろう。


「殿下。大人しくしていらっしゃいますか?」


 勝手に外出して大事になってしまった為に、エディアルドは当分部屋から出ないよう、王とオーエン老医師から厳重に言い渡されている。

 大人しくしているしかないというのに、ウィルフレッドはこうしてからかうように声を掛けてくる。


「見ての通りだ」

「それは重畳。では陛下の許可が下りましたので御報告を」

「例の魔法陣か?」

「そうです」


 エディアルドか倒れた当初、浮かび上がった黒い魔法陣に城は大騒ぎになった。国の要とも言える城に、得体の知れない不気味な魔法陣が顕現すれば当然である。況して、触れたエディアルドが倒れ、生死の境を彷徨う羽目に陥ったのだ。周囲が慌てふためくのは必然というものだろう。

 黒い魔法陣は変わらずあの庭に在る。

 エディアルドが踏み込んだ為に一時的に顕現したのかと思いきや、一向に消える気配が無い。

 そして、どういった原理なのか、エディアルド以外の者には何の影響も与えない事がその後の調査で判明したのだ。

 陣の外端に触れたエディアルドが昏倒した事を鑑み、慎重に踏み込んだ調査員は、何も起こらない事にむしろ拍子抜けしたような表情を浮かべた。

 魔法陣の外観は既に記録済みで、魔術師団の研究員が解析に当たっているらしい。


「魔法円の直径は大凡三十M、陣は五重の構造と推定されます。地下部分がどうなっているかは不明。今後調査対象に入れるかは未定。当初、あの中央の樹が中心かと思われましたが、幾分ずれておりました。おかげで少しばかり速く殿下を陣外へ御連れする事が出来た訳ですね」

「そうか…」

「そも、魔法陣が顕現・展開したままってのが不思議な訳ですが、魔術師団師長が「あくまで推測に過ぎない」と前置きして口にしたところによりますと、「今現在、陣は稼働中であり、稼働源となる魔力が供給されている状態であると考えられる」だそうです」

「魔力が…供給されている…?」

「ただし、顕現した魔法陣が何を目的として稼働しているかは不明。――判らんことだらけだ」


 訝しげに眉を寄せるエディアルドに、ウィルフレッドは肩を竦めて訊かれても詳しい事は判らないぞ、と予防線を張って置く。

 エディアルドとてウィルフレッドが全ての答えを持っていると思っている訳ではない。


「言っとくけど、殿下には正体不明魔法陣接近禁止令が出てるから」

「…何だ、それは…?」

「ついでに言うと、あの庭にも立ち入り禁止令発令中」

「…父上か」

「いやあ…陛下初め、王妃様以下、城の重鎮ほぼ全員から?」

「は?」

「…こっそり行こうとしたら縛り付けてでも止めろと」

「おい…」


 幾ら何でも過保護に過ぎないか、と言おうとしたエディアルドだったが、ウィルフレッドの思いの外真剣な表情に思わず口を噤む。


「本気だから、大人しく寝てろ」


 幼馴染の強固な態度。

 稼働している魔法陣。

 どこかから供給されている魔力。


 どこから?


「…魔力の、供給源は…私か―――」


 腑に落ちたように呟くエディアルドの横で、ウィルフレッドは苦く顔を歪ませる。

 隠して置くことなど無駄だと解っていた。王もそんな事は解っていて、だから情報を開示した。一人で無謀な真似をしない様に。

 エディアルドも此処まで気遣われては勝手な真似が出来ない。だが、魔力の供給源が自分であるとするなら、あとどのくらい持つのか。全て吸収された場合、自分は多分生きて居ないだろうし、その後何が起こるのか判らない。不明な事が多過ぎて身動きが取れない。

 何も出来ない自分に歯噛みしながら、エディアルドは窓に視線を向ける。

 其処には落ち行く陽の光を受けたぬいぐるみが、きらきらと赤く染まった毛並みを輝かせ、静かに――ただ静かに鎮座していた。


 ぬいぐるみは、何も言わない―――。


頭の中身が思ったように文章にならない不思議…!


おもしろいのかおもしろくないのかよく判らぬ~

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