42話 【眠る樹】
枯れ樹のようだ、と。
葉が全て落ち、白茶けた幹や枝を晒しているその樹を眺めエディアルドはそう思った。
季節が冬であるという事を差し引いても、その姿は酷く寒々しい。
落葉樹は厳しい冬に耐える為に葉を落とし、春を待ち眠るのだと言う。けれど、今此処に佇む樹には『眠る』という穏やかな表現が全くそぐわない。
生きている事を感じさせないかのような静寂。このまま、次の春に新しい葉も出せず枯れ行くのだと言われたら疑いもせず納得する。
庭の入口で立ち止まり、暫くそこから中央の『樹』を観察していたエディアルドは妙な違和感を感じながら、一歩、その足を踏み出す。
寒くは無い、筈だった。
くまが首に張り付いているおかげで、此処に到着するまでほかほかと温かかった。それなのに―――。
一歩、また一歩とゆっくり足を進める。その度にぞわり、と背筋を這い上がるものがある。
寒くは無い筈だ。
けれど、エディアルドはコートや手袋で覆われた自分の肌が、寒さに竦むように粟立つのを感じていた。
(怖いのだろうか、私は?
此処で倒れた記憶があるから?
それともこの光景があまりに寒々しいせいか?)
ゆっくりと『樹』に近付く。
あと十歩も歩けば幹に手が届く。其処まで進んだ時、ぎゅっと、まるでエディアルドを引き止めるかのようにくまの腕に力がこもった。
『エド、ダメ…』
「くま?」
小さく、囁くような呼び掛けにエディアルドは足を止めた。
借り物の身体の筈なのに、くまがぷるぷると震えていた。
「どうした?」
『ダメ、お願い、行かないで…こわい』
「怖い?」
「殿下!」
「エディアルド様、如何なさいました!?」
震えながら零れ落ちるくまの声にエディアルドは立ち止まり様子を見ようと振り返った。そして少し後ろを付いて来ていた二人は、何か異変が生じたのかと駆け寄ってくる。
『ダメ…。あそこはイヤ…行っちゃダメ…こわい、こわい』
「くま。落ち着け。何が怖い?」
首にしがみ付くくまを引き剥がし、向かい合うように持ってくると今度は胸に張り付かれた。その異様に怯えた様子に三人は顔を見合わせる。くまの怯え様は只事ではなく、問い掛けるエディアルドの声にも応えない。ただ、『こわい、こわい』と震えるばかりだった。
「どうしたというのでしょうか?」
「わからん」
「いったい何が怖いっていうんだか…?」
肝心のくまが答えないので三人とも訳が判らず、ふと中央の『樹』に目を遣ったウィルフレッドが首を傾げたまま近付いて行く。
くまがあまりにも怖がるので何かあるのかと慎重にゆっくり足を進めたが、特に何が起こる訳でもなく、拍子抜けする位あっさりと『樹』の下へと辿り着く。ぽん、っと掌で幹を叩き振り返ると、大丈夫なのかと心配そうに見守っていたエディアルドとニナの顔がほっと緩む。
「何ともないか、ウィル」
「ええ、全く。何でそのくまはそんなに怖がっているんでしょうね?」
「くま。樹の傍まで行ったが何も無い様だぞ?何がそんなに怖い?」
胸にしがみ付いているくまは、相変わらず震えたまま顔を上げようとしない。
『ダメなの、こわいの、イヤなの…帰ろ?ねえ、お部屋に帰ろうよぅ~!』
必死に言い募り、涙は出て居ないが泣いて嫌がるくまの頭をエディアルドは仕方が無いという様に撫でた。
こうまで嫌がる相手を連れて行く程、エディアルドは鬼ではない。今日はもう部屋に帰ろうと思い、その事を『樹』の周辺を調べるウィルフレッドに告げる為に声を掛けようとした。
「ウィル――」
――何気なく。
本当に何も意識せず。
ウィルフレッドの名を呼んだエディアルドの足が、ほんの少し――僅かに半歩分、前に出た。
その瞬間。
「!?」
『イ、イヤアァッ!!エド…ッ!』
「エディアルド様ッ!」
「殿下!?――――何だ、こりゃあ!?」
くまの悲痛な叫び声が響き、振り返ったウィルフレッドが目にしたものは。
『樹』の周囲に浮かび上がったそれは。
黒い文字が鎖のように、幾重にも連なる――円。
魔法陣と呼ばれるものだった。




