39話 【最初の記憶】
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半透明ながら目的である少女の容姿を確認したのでぬいぐるみの中に入っていいと言われ、少女はぬいぐるみに腕を突き刺している中途半端な状態から解放されほっとする。
このところずっとぬいぐるみの中に入っていたせいか、浮遊状態よりも憑依状態の方が落ち着くのだ。
半透明の白い少女が消えた後、ぬいぐるみのくまの前にはほんのりと甘い香りのするお茶が置かれた。
飲めと言う事だろうかと周囲を見回せば、何やら期待している様子のシャーロットとエルステッド…と、その両親。つい、エディアルドの顔を見上げたら頷かれてしまった。
つまり、くまにもよく理解出来ていないお茶の飲み方を見たいと。
変わったひと達だなぁと思いながら、くまはいつものようにお茶を飲む。
「ふむ。…何処に消えたのだろうな?」
「さあ?」
興味深そうにしている父親にエディアルドは素っ気なく返していた。知らないものは知らないのだからしょうがない。
「まあ、いい。ところでな、精霊殿」
『はいっ!?』
王様にまで精霊と呼ばれ、かなり困惑しながらくまは思わず背筋を伸ばした。
「名前や住んでいた場所の記憶は無いと聞いた。では、最初に気がついたのは、何処になる?」
『最初?』
「一番初め…そなたが覚えている最初の場所だ」
『覚えている、場所…?』
促され、くまは考え込む。
その様子を見ながら、エディアルドも結局はくまの記憶を辿るしか手掛かりは無いと気付いていたので静かに見守る。
『場所…?』
思い浮かばないというようにくまが首を傾げているのを見かねて、オーエン老医師が助言をする。
「お前さんが気付いた時、最初に見た物は何じゃった?」
『見たもの。木?』
「どんな木じゃ?」
『んっと、ちょっと元気の無さそうな、大きな木』
「元気の無い?」
『うん。えっとね、なんかそう思ったの。お花を咲かせられない木。…お花の咲く頃になってもその木だけつぼみがつかなかったし』
「花の、咲かない木…?だが、目立つ花の咲かない木などいくらでもあるぞ?」
一見して花とは判らない花を咲かせる樹木はたくさんある。
オーエン老医師の誘導に答えていくくまの会話につい口を挟んでしまったエディアルドだったが、くまは納得できないのか不思議そうに首を傾げる。
『そうなの?でも、他の同じ木は白いお花がたくさん咲いてたよ?…』
「白い花の咲く、木…」
白い花と聞いてエディアルドの眉が歪む。
白い花が咲く木は知っている。――よく、知っている。
春の早い時期に、葉が出るよりも先に真っ白な美しい花を咲かせる、甘い香りのする木。この城の中にも何本か植えられている。
大きくなればより美しく、人の目を惹き付けるけれど、エディアルドには楽しい感情は湧いて来ない。
何故なら、其処は―――。
ちらり、とエディアルドを窺いながら、その感情には気付かないかのようにオーエン老医師は続ける。
「その木のある場所は判りますかの?」
『…えっと』
くまは月明かりの射し込む窓の外へと視線を向けた。月明かりに照らされた外には、エディアルドの目に美しく映るよう整えられた庭がある。けれど、くまが言う『木』は此処からは見えない。
くまはエディアルドの部屋の位置を思い浮かべ、自分の記憶に在るこの城の様々な場所を思い出していく。
林檎の木は馬の居る厩舎の傍。厩舎の傍には小さな門。そんな風にくまは今まで見てきたものを思い出し繋いで行く。
門の傍には野菜の畑、畑の向こうには小さな林があって、その向こうには建物への入り口。入り口を潜らず廻れば、木々に囲まれたあまりヒトの来ない庭。そして、その庭の中心にくまの見た『木』はある。
『…わかる。あっち』
くまの腕が指した方向にその場に居た全員の視線が向けられ、その先に在る場所を思い浮かべた途端、――何かに思い当たったかのように、シャーロットとエルステッド以外の表情が強張る。
「…まさか」
「そんな、偶然が…?」
「偶然で片付けていいもんなのか…?」
城には幾つもの庭がある。
四季折々の花に彩られた美しい庭も、木立の多い散歩に適した庭も、果樹の多い庭も、小川や小さな丘を模して造られた庭も。
そして、数ある庭の中でもあまり手が入れられず、だからこそ人があまり訪れないような庭も。
始まりの場所――。
其処は、奇しくもエディアルドが最初に倒れた庭の在る場所だった。
この話の季節、未だに冬なんですよね…。
現実は残暑厳しいのにね。




