38話 【白い少女】
月明かりの射し込む室内で。
ぬいぐるみのくまの首に飾られた黒い石を突くかのような体制で振り返った、半透明のひとの形。
その肢体は細く頼りなく、驚いたような表情はとても幼い。顔立ちは整っているように見えるが、細部は薄ぼんやりとしていてはっきりとは判らない。全体的に白っぽく、長く広がる髪も来ているワンピースも、手足も白い。外見上の年齢は十四・五程に見えたが、表情からすればもっと下かもしれない。
と、少女と出会った当初エディアルドが推測した内容とほぼ同様の事を、その場に居た大人達は思い浮かべる。
「どうだ、オーエン?」
王の問いに、傍に控えて居たオーエン老医師は、顎を撫でつつ少女を見据えたまま首を傾げる。
「さて…。この城の隅に居を賜りまして随分になりますがの…少なくとも、わしの知る範囲に於いては見覚えがありませんな」
「ふむ。生き字引の様なオーエンが知らぬか」
オーエン老医師は王が幼少の頃、既にこの城の侍医として勤めて居た。城での勤務年数は誰よりも長く、正確な年齢は聞いたことは無いが、とっくに六十は超えて居る筈だった。
そのオーエンが見覚えが無いと言う。
もちろん、オーエンに見える前に亡くなったという可能性もある。その場合、フェルナンが調べ上げた二十年を超えた以前と言うことになってしまうが。
「まったく何も覚えて居らんのか?」
「ここ数年、見聞きしたこと以外は記憶が無い様ですね。名前も歳も死因も不明だそうです」
「せめて名前だけでも判ればのぅ…」
周囲で交わされる会話の内容が自分の事だと解っていても、白い少女は何も言える事が無い。問われても判らないと答えるしかないのだから。
「に、しても…幽霊と言うのは本当に透けているものなのだな」
「初めて会った時はもう少し濃かったのですが…」
「え、お兄様。それって精霊様が以前よりも薄くなってるってことですわよね?」
「じゃあ、もしかして、このままじゃ消えてしまうんじゃ!?」
「本人はそう言ってる。もうすぐ消える、と」
「そんな!」
だから探して欲しいと。
消えてしまう前に、自分を見つけて欲しいと、少女は頼みに来たのだ。
白い少女は室内を見渡す。
此処に居るのは、エディアルドの家族と友人。それに、自分に関わった人たち。
本来なら神官に祓われていても仕方がなかった。
無理だと断られ、面倒事と放って置かれてもおかしくなかった。
けれど、エディアルドはそうしなかった。
嬉しかった。ほっとした。
そして、思いがけずエディアルド以外の人達とも話が出来るようになって、楽しかった。このまま消えてしまうのを忘れるくらい、楽しかった。このまま消えてもいいんじゃないかって思うくらい、満たされた。
それなのに――。
どうしても、『もう、いい』とは言えない。
言ってはいけない、気がするのだ。
アタシは、アタシを見つけなくちゃいけない。
何かが、叫んでいる。
自分の、自分でも知らない奥底で、このまま消えてはいけないと、ダメだと叫んでいる。
だから――。
白い少女は石を突いていた指をちょっと眺め、ぬいぐるみの位置を直すと抱え込むように皆に向き直り、頭を下げた。
『お願いします。アタシは、アタシの名前が解らない。歳も、家族も、死んだ原因さえ解らない。でも、どうか、探して下さい。アタシの身体を――何かが、起きる前に――』
少女の声は皆に届いた。
ふわりと白く長い髪が揺れ、陽炎の様に儚く映る。
「何かが、起こる、とは…何がだ?」
王の疑問はこの部屋に居る全員の疑問だった。
『判らない。でも、良くないこと――それだけは判る』
判らないくせに、そのことを考えると何かに追い立てられるような、震えるような、悲しいような、怖いような、居ても立ってもいられない気分になる。
早く、早く――、早く、なんとかしないと。
「くま」
頭を下げたまま焦燥を募らせる少女に、呆れたように、それでも柔らかく聴き慣れた声が降りてくる。
その声を聴いて、何故か涙が出そうになった。
涙なんか、流せないくせに。
『…くまから出てるのに、くまなの?』
「名前が判らないなら仕方なかろう。それとも『娘』とでも呼んで欲しいか?」
『それはそれでなんかイヤ~』
むう、と少女が頬を膨らませて首を振ると、エディアルドはやれやれと呆れた顔になる。
「…正直、確実に見つけてやれるとは言えない。該当する娘は記録にも無い。肝心のお前の記憶も無い。これで探せと言う方が無茶だ」
『…うん』
少女はくまを抱くようにして項垂れる。
「だが――」
エディアルドは少女が抱くくまの頭を、ぽん、と一つ叩く。
「一度やると決めた事を、途中で放り投げるのは嫌いなんだ」
『え…?』
ぽかん、と。少女はエディアルドを見上げる。そこには苦笑を浮かべた顔。
「まだ、何かが出来るかもしれないのに、簡単に諦めるのは性に合わないし、したくない」
エディアルドの言葉に、両親と弟は複雑な表情で頷いていた。
「まあ、エドだからな」
「そうですわね。エドですもの」
「それが兄上だよね」
王は薄くなってしまったという、実体の無い少女を視る。
俗に言う幽霊の印象と比べれば違和感がある。シャーロットの言うように精霊とも言い切れないけれど、悪霊とは感じない。本来なら些末事と捨て置いたか、手っ取り早い処置をしているだろう。
「まあ、縁が有ったと言う事だろうな」
何よりエディアルドが関わってしまった。
一度決めたことならば簡単に翻しはしないだろう。
王は深く溜息を吐き、室内を照らす月を見上げた。
どのくらいの時間が残っているのか。
―――ふと、王の脳裏に浮かんだ疑問の答えは、もうじき明かされる―――。
この国の王族って、らしくないというか、アットホーム…。
しばらく書き上げたらUPする予定なので、また超不定期更新になります。
もうすぐ、のんびりお茶してる場合じゃなくなる予定。




