37話 【月下のお茶会】
それぞれが椅子やソファに落ち着くと、仄かに甘い香りのするお茶が配られる。
お茶会とはいえ、ただお茶を飲みに来た訳ではないので、部屋の灯りは極力落とされている。
窓のカーテンも開け放たれ、晴れ渡った夜空に太めな半分の月が明るく浮かんでいるのがよく見えた。
この場に居るのはエディアルドの家族だけではない。
ウィルやニナ、マティアスの他、古参の者であれば何か判るかもしれないとオーエン老医師も参加している。流石に王家の団欒に水を差す訳にはいかないので、静かに控えているのだ。
全員がお茶を口にしてほっと一息ついたところで、子供の様にわくわくとした表情で王が切り出した。
「さて、エディアルド。そろそろ、いいのではないかな?」
何がいいのかと言えば、もちろんくまの本体――というか、幽体確認と言う名の見物である。
くまの幽体をエディアルド以外が視る事が出来るかどうかはさて置いて、そもそもぬいぐるみから離脱して貰わねば何も始まらない。
「初めに申し上げておきますが、視えるとは限りませんからね。もし何も起こらなくてもがっかりなさいませんように」
初めに念押しをして、エディアルドはくまに初めて出会った時のようにぬいぐるみから出てみるように促した。
『み、視えるかな?』
月が痩せたせいなのか、以前目にした時よりも随分と薄くなった白い少女がエディアルドには視える。そして予想通りと言うべきか、ふよふよとぬいぐるみの上に漂う少女を見上げているのはエディアルドだけだった。
「むう。判らんな!」
「見えませんわね」
「精霊様、何処にいらっしゃるの?」
「兄上がちょっと上を見てるからそのあたりじゃない?」
「ううん…やはり、式から離脱すると効果が…ぶつぶつ…」
『や、やっぱり視えない~~?』
上から順に王に王妃、シャーロット、エルステッド、マティアス、くまである。
周囲の反応と離脱した少女を眺め、エディアルドは眉を顰めた。
「くま。私はぬいぐるみに半分残すようにと言った筈だが?」
少女は足の指先まですっかりぬいぐるみから離れている。これでは魔道具の効果は得られないだろう。前以てぬいぐるみから全部出ないよう言っておいたのに忘れていたらしい。
『その半分って言うのが、良くわかんないんだよ~?どうしたらいいの~~!?』
訂正。
やり方が解らなかったようだ。
「お前の声を伝えるのは、ぬいぐるみの首に在る石だ。爪先なり、指先なりを石にくっつけるようにしてみてはどうだ?」
『こ、こうかな?』
言われたように黒い石の表面に、半透明の指をぺとりとくっつけて少女は首を傾げてみる。けれど、エディアルドが周囲を見渡してみても反応が薄い。
「視えませんか?」
「視えんな!」
では、やはり姿は自分以外には視えないということか、とエディアルドは苦笑混じりの溜息を零す。そこへ、先程から何やらぶつぶつと呟いていたマティアスが片手を上げた。
「お待ち下さい。殿下、彼女は今、石の表面に触れている状態でしょうか?」
「そうだ」
「ぬいぐるみに潜り込めるということは、石なども通り抜けられると考えてもよろしいのでしょうか?」
「…だ、そうだが。通り抜けられるのか?」
マティアスに向けていた視線を少女に戻し、エディアルドが確認をすると、ちょっと考えた様子で少女は頷いた。
『普通の壁とかはできるよ~?このお部屋は無理だったけど』
「この部屋が無理…?マティアス、普通の壁なら出来るそうだ」
現在、少女はぬいぐるみから離れている状態なので、エディアルドが伝えるしかない。伝えた後で、話すのならぬいぐるみに戻ればいいじゃないかと気付いた。けれど、それを言う前にマティアスの顔がぬいぐるみへと向けられる。
「殿下の部屋は無理…ああ、結界石のせいでしょうか…となれば、弾く要素は無い筈で…うん。お嬢さん。その石に…環にはなっていませんが、真ん中に通す感じで指を刺してみてください」
『…えっと?…真ん中に指を通す…??』
言われたように、少女はぬいぐるみのくまの首に飾られた黒い石、その中心を指の先だけ通り抜けさせる。
実は、もしかしたら痛いんじゃないかとか、エディアルドが聞いたら「実体じゃないのに痛みを感じるのか?」とか突っ込みが入りそうなことを考えビクビクしていたのだが、少女の指は何事もなくすんなりと石を突き抜けていた。
そして―――。
「おお…?」
「まあ」
「精霊様…?」
指を刺し込む為にぬいぐるみと向き合っていた少女が振り返ると、そこに居た人々は一様に驚きの表情を浮かべていた。
『…え?』
ぽかん、と。
ぬいぐるみではなく、理解が追いつかない様子で呆気にとられる少女に。
間違いなく、部屋に居た全ての人の視線が向けられていた。




