36話 【人気モノは辛いかもしれません。】
少し長め?
結局。
エディアルドは混乱したままのくまに、今は何も考えなくていいと言うしかなかった。それでもくまはぐるぐると何かを考えているようだったが、黙っていても時間は過ぎる。
陽が沈み、夕食を済ませ、満月よりもかなり痩せた、それでもちょっと太めな半分の月が光を放つ頃、エディアルドの部屋には久しぶりに家族が揃った。
エディアルドにはシャーロットの他に弟も一人いる。シャーロットと違い、少しばかり内気な性格の弟はそう頻繁には部屋に訪れない。
「久しぶりだね、エルス」
「えと、はい。お久しぶりです、兄上。…ごめんなさい…」
挨拶を交わした途端、何故か謝る弟にエディアルドは首を傾げた。
「何を謝っているんだ?」
「…その。あんまり御見舞いとか来なくて…」
申し訳無さそうに眉を下げる弟に、エディアルドは柔らかく微笑んだ。
おそらくは、エディアルドの体調が不安定なせいで、疲れさせたらいけないとか気を遣い過ぎていつも部屋を訪れるタイミングがずれてしまうのだろう。
「馬鹿だね。そんなことで謝らなくてもいいんだよ。エルスは今覚えることが沢山で忙しいだろう?元気にしてたかい?」
「はい。兄上も、今日は身体の調子良さそうだね」
ほっとしたように笑顔で答えたエルステッドは、久しぶりに会えた兄が顔色も良く元気そうだったので、とても嬉しかった。
男兄弟と言うものは何かと張り合うものだと良く聞くが、二人の両親が子供達を比較するような発言を一切しなかったせいか、或いは持って生まれた性格か、兄弟仲はとても良好だ。
問答無用で突入してくるシャーロットはもちろん、控えめな性格のエルステッドもまた、偶にしか会えない兄が大好きだった。
エディアルドはそんな弟に目を細め、会話を交わしながらも弟の視線がちらちらとソファの上に座るぬいぐるみのくまに向かうのに気付いていた。どうやら前以て何かを聞いているらしい。
「おかげ様でね。ほら、気になっているんだろう?このくまが今日の主役だ」
ずい、と両脇を抱えられ、ぬいぐるみのくまがエルステッドの前に差し出される。
じっと、くまを見つめるエルステッド。
そしてくまもまた、初めて会うエルステッドをじっと見上げていた。
このくま、何処からどう見てもぬいぐるみである。当たり前だが。
「ぬいぐるみ…ですよね?」
「ぬいぐるみだね」
「まあ、エル兄様。このくまさんはただのぬいぐるみではありませんのよ!?」
今まで会話に加わりたくてうずうずしていたシャーロットが、きらきらと眼を輝かせて横からエルステッドに話しかける。話題がくまに移ったので我慢出来なくなったらしい。
「今は中に精霊様がいらっしゃいますのよ!」
自慢げに胸を張るシャーロットに顔を向けていたエルステッドが、確認を取る為にエディアルドへと向き直る。
「…って、シャロンは言ってるけど、本当なの?」
「わたくし、嘘なんかつきませんわ!」
疑われ、ぷんぷんと憤慨するシャーロットを困ったように眺めながら、エディアルドは補足を加え肯定する。
「まあ、精霊かどうかはともかく、自分が幽霊だとのたまう正体不明のものが入っている」
「ゆ、幽霊…?」
正体不明の自称幽霊と紹介され、びっくりしたように見つめてくるエルステッドに、これは挨拶をせねばなるまい、とくまは思った。
『あ、あの。はじめまして?』
ぺこり、とくまがお辞儀するとエルステッドは大きく眼を瞠り、思わず一歩後退った。極めて真っ当な、普通の反応である。
やっぱり、いきなり剣で切り付けたり、棒で叩いたり、逆に眼を輝かせて喜ぶのは一般的な反応じゃないよね、とくまはうんうんと頷いて勝手に納得する。
「大丈夫だ。これはただ此処に居るだけで毒にも薬にもならん。―――いや、湯たんぽにはなるか…?」
「湯たんぽ…」
兄の説明に、エルステッドは今一つ理解し兼ねる様子で首を傾げる。そして、湯たんぽ扱いされたくまは、自分を抱えるエディアルドの腕をぱたぱたと叩きながら異議を唱えていた。
『エド、何かそれって――ひどくない?』
「事実だ」
『むぅ』
抗議はしれっと叩き落とされ、唸るくまが拗ねて短い脚をぷらぷらさせていると、ようやく理解が追いついたらしいエルステッドが、何やら期待の眼差しでエディアルドを見上げていた。
「兄上、兄上。このぬいぐるみは温かいのですか?」
「普段はそうでもないが…くまに入っている時は温度を変える事が出来るようだな」
「ちょっと抱かせて貰えますか?」
「いいぞ。ほら」
エディアルドは至って気軽に、くまをぽいっとエルステッドに投げ渡す。
『お、おぉ~~?』
受け取ったくまを、ぎゅっと抱いてみたエルステッドは首を傾げた。
「あんまり温かいとは思えないのですが…」
『む?』
残念そうな表情を浮かべられ、くまに憑いた少女は『これは期待に応えねば!』と、初めてエディアルドを温めた時のようにぬいぐるみの身体の温度を上げていく。
エルステッドは、ほかほかと温まったぬいぐるみに驚き、一瞬取り落としそうになったものの慌てて抱え直す。
「えっ!?うわ、ほんとだ…温かいですねぇ」
どうやらエルステッドは少し寒がりらしく、ほかほかとしたくまの身体を嬉しそうに抱き締めた。
「兄上。今晩、このぬいぐるみを貸して下さいませんか?」
「お前ね…」
湯たんぽにする気満々のエルステッドにエディアルドがちょっと呆れていると、聞き捨てならないとばかりにシャーロットが捲し立てる。
「ずるいわ、エル兄様!わたくしだってまだ一度も貸していただけませんのに!」
やいのやいのと兄妹の間でくまの争奪戦が始まり、子供達の会話を楽しく聴いていた両親がころころと笑みを零す。
「まあ。エドの精霊様は大人気ですわね」
「もてもてだな」
「エルは寒がりですからねぇ。この季節に可愛らしくて温かいとなったら…それは欲しがりますわよね」
「どこかにもう一つ落ちていないものかね?」
「一つでは足りませんでしょう。シャロンも大分執心のようですし」
「いっそ作らせてみるか…?」
真剣に思案し出した父親に、エディアルドは溜息をひとつ吐いて釘を刺す。
なまじ王と言う立場にあるせいか、実際に作らせてしまいそうだったからだ。変わった湯たんぽを作る為に国庫から資金を出されては、税を治める民に申し訳が立たない。
「父上。湯たんぽを作らせるのはいいとしても、喋るぬいぐるみは難しいと思いますが?」
「だなあ。それこそ、そこらの幽霊を押し込めたところでこうはならんだろうしな」
『おぅ~~あぅ~はわわ~~っ!』
その話題のぬいぐるみはシャーロットとエルステッドの間で取り合いとなり、引っ張られたり振り回されたりしている。
『エ、エド~たすけて~~』
眼を回したくまに助けを求められ、エディアルドはひょいと二人の間からくまを攫い、ぽいっとソファへと放った。
「シャロン、エルス。君達は、幾つに、なったのだったかな?」
にっこり、と。
エディアルドは、とても素晴らしい綺麗な笑顔を弟妹に向ける。
その笑顔を目にした二人は、びくり!と頬を引き攣らせ、思わず背筋を伸ばし姿勢を正していた。
「じゅ、十五です…」
「…十二ですわ」
「そう。…近頃は随分と大人になってきたと感心していたけれど、…まだおもちゃを取り合うくらい幼いとは…」
「え!?」
「ち、違いましてよ!?」
大好きな兄に残念そうに溜息を吐かれ、エルステッドとシャーロットは慌てて首を振る。
『小さなこども』だと思われるのは流石に嫌だった。まして敬愛する兄に失望されるなど、二人にとってはとんでもない事態だ。
「では、よく考えて御覧。相手はただのぬいぐるみではないよ?たとえ借り物の身体であったとしても、そこには確かに意思が存在している。それを無視して自分の都合で振り回す行為は、褒められる事だろうか?」
淡々と諭され、二人は項垂れる。
尤も、エディアルドは自分が口にした事が綺麗事でしかないと知っている。世の中には、どれだけ歳を重ねても頑是ない幼子の様に振る舞う人々が数多くいると言うことも解っている。
それでも、自分の弟妹にそのように育って欲しくは無かった。
これまで歪まず素直に明るく育って来たふたりは、エディアルドの言っている意味が解らない程愚かではなかった。
意思の宿るものを軽々しく扱う事は良くないと理解し、我儘で振り回す事に罪悪感を覚える。そして何よりエディアルドに呆れられたくは無かったので、実に潔く、揃って頭を下げていた。
「「ごめんなさい!」」
素直に謝る二人に、エディアルドは先程とは全く違う、愛しげな柔らかい笑みを浮かべていた。
どんな失敗をしても、結局可愛い弟妹なのだ。
「いい子だね。さ、とにかく落ち着いて座ろうか。でないといつまで経ってもお茶が淹れられないよ」
何だかんだで子供扱いには変わりないのだが、エディアルドの機嫌が直ったことでエルステッドもシャーロットもほっとしたらしく、ぱっと御機嫌な笑顔に変わった。
「はい」
「は~い」
実に良い子の返事をする王子王女であったが、振り回されたくまはソファに両手をつき、ぐったりと項垂れていた。
『も、もっとはやく、止めてほしかった…っ!』
がんばれ、くま。
Q:なんで両親が叱らないんだ?
A:面白がっているから。




