35話 【どうすればいいのかわかりません。】
王様達がエディアルドの部屋から退室して後、暫くしてウィルと内務管理官のフェルナンが連れ立って部屋を訪れた。
ウィルはくまを見て未だに眉を顰めるが、言っても無駄だと諦めたのか無理に部屋から出そうとはしなくなった。
久しぶりに見たフェルナンは浮かない表情で控えている。
「調査結果を御報告に参りました」
「うん」
「城に残る記録を十年に遡り調査致しましたが、該当する人物はおりませんでした」
「…居ない?」
思わず訊き返したエディアルドだった。
くまに憑いた少女の口にした情報から、ほぼ間違いなくこの城の関係者だろうと判断したが、どうやら当てが外れたらしい。
眉を顰めたエディアルドをどう思ったのか、フェルナンは調査の仔細を口にする。
「はい。城に奉公に参った下働きから女官に至るまで、年齢は幅をとって十歳から三十歳まで。十年では該当者がおりませんでしたので更に十年程遡りましたが、やはり殿下の仰る容姿に該当する人物は記録にございませんでした」
「居ない…そうか。居なかったのか…」
調査に手を抜いた訳ではないが、エディアルドの期待する結果を報告出来なかったことがフェルナンには無念であったらしい。疲労の滲む顔が心苦しいと語っていた。
「御役に立てず申し訳ございません」
謝罪するフェルナンに、エディアルドは頭を下げる必要はないと顔を上げさせた。
元々エディアルドの我儘で調べさせたようなものだ。判らなかったからと言って、国の大事に関わるようなものではない。むしろ要らぬ手間を掛けさせた、とエディアルドの方が申し訳ないような気持ちになる。
「謝る必要などない。二十年分、調べるのは大変だっただろう?よくやってくれた。ありがとう」
「いえ、勿体ない御言葉です。結局、何も判らず…」
このままだといつまでも謝罪を繰り返しそうなフェルナンの言葉を、エディアルドは途中で遮った。
「フェルナン。何も判らないということはないよ。少なくとも、くまの本体が城勤めでは無かったことは判ったのだから。――後は、残念なことになっているくまの記憶を叩き起すしかない、という事も判ったしな」
『!』
フェルナンの報告を聞いて、少なからずショックを受けていたくまに憑いた少女は、エディアルドの視線に戦くようにふるりと震えた。
そんな少女に気付かないかのようにエディアルドは続ける。
「難題を押し付けて済まなかったな、フェルナン。下がっていいぞ。ウィル。調査に関わった者達が充分に休息を取れるよう、手配を」
「承りました」
二人が部屋を出た後、くまは何を言うでもなくぼんやりとソファに座っていた。
期待していただけに、何も判らなかった事に呆然としてしまったのだ。
「…さて。どうしたものかな…」
すぐ隣に座っているというのに、エディアルドの呟きが遠くに聞こえる。
目が醒めたのは――と言っていいのか、気がついたのはこのお城の中の庭だった。だからきっと城の中の誰かが自分のことを知っているのだと、そう思っていたのだ。
なのに、城には自分のような娘は居なかったという。
では、自分はいったい誰なんだろう?
どうして目醒めたのがこの城の中だったんだろう?
なぜ、エド以外には見つけて貰えなかったんだろう?
泣けるものなら泣きたい気分だ、とくまに憑いている少女が黙り込んでいると、ぽんぽん、と頭を軽く叩かれた。
「泣くな」
『…泣いてないもん…』
「まあ、ぬいぐるみでは涙は出ないだろうが…泣きそうだったろう?」
『ちがうもん…』
「そうか。じゃあ、泣いてもいいぞ?」
『…さっき、泣くなって言ったくせに』
「そうだったか?」
『そうだよ』
「そうか」
『…ねえ、エド』
「何だ?」
『これから、アタシどうしたらいいのかなあ…?』
途方に暮れたような―――いや、実際に暮れているのだろうが―――くまの泣言に、エディアルドは暫しの沈黙の後くまを見つめて口を開いた。
「――くま。お前は、どうしたい?」
『え…?』
「自分の過去を、どうしても知りたいのか?」
『…』
「お前は、『誰にも知られず消えるのが嫌だ』と言った。その魔道具のおかげで、今のお前を知る者は増えた。今ならひとりではないだろう?それでも――やはり過去が知りたいか?」
確かに、エディアルドに初めて会った夜、少女は自分の身体を捜して欲しい理由をそう言った。
誰にも知られず、話すこともできず、ひとりきりで消えていくのが寂しくて嫌だった。
今はエディアルドがいて、マティアスのくれた魔道具を通して、エディアルド以外の人とも話すことができる。思いがけず楽しく、寂しいという気持ちはどこかへ消えていた。出会った時の理由なら、きっとこのまま力尽きて消えてしまっても構わない筈だった。
―――なのに。
もう、寂しくは無い筈なのに。
ダメだ、と。
このまま消えることは出来ないと、心の底で、何かが叫ぶのだ。
自分の体を、見つけなくてはいけない。
なのに、少女にはその方法が判らないのだ。
『アタシ…。アタシは…寂しくない。今は楽しい。でも、アタシは…アタシを見つけなくちゃいけない…でないと―――』
理由の解らない不安が渦を巻く。
「でないと?」
訝しげに訊いてくるエディアルドの声が遠い。
『―――で、ない、と…。見つけないと―――』
―――何が、おこるの?




