34話 【王様と王妃様】
マティアスの作ってくれた魔道具のおかげで、くまはエディアルドの周囲の人々と会話ができるようになり、とりあえずは害の無い精霊もどきとして認識されるようになった。
ウィルは胡散臭そうな目を向けていたが、エディアルドが構わないと言っているので静観することにしたらしい。もっとも、立場上監視の手を緩めることはできないと、エディアルドの傍には常時誰かしらが警護に就くことになったが。
シャーロットは勉強をさぼると追い出され、ペナルティとして課題を倍に増やされることに懲りたのか、さくさくとするべきことを済ませて、以前よりも集中して教師と向き合うようになったらしい。王女としての自覚が芽生えたと教師陣が泣いて喜んでいたようだ。――どれだけさぼっていたんだ、シャーロット。
エディアルドの体調も思ったよりも長引かず、熱を出して五日目には老医師から部屋の中なら動き回っても問題ないと、起き上がる許可が出た。その許可を待ち兼ねたように両親がエディアルドの許へ訪れた。
「御心配をお掛けしました」
「本当にな。まあ、大事にならずに済んで良かった」
「良くなったからと無理をしてはいけませんよ」
エディアルドに病み上がりのやつれた様子がないことにほっとして、両親は頬を緩める。
「此方はお前の病に障ってはいけないからと見舞いを我慢していたというのに、シャロンは毎日来ていたというではないか。ならば大人しく待つのではなかったかな」
少しばかり拗ねたように愚痴を零す父に、エディアルドはそっと微笑む。公の場では威厳を保って見せるのに、家族の前では別人のように大らかで時折子供っぽい仕草も見せる。そんな父がエディアルドはとても好きだった。
「父上…。シャロンは私の見舞い、というよりはそこのぬいぐるみで遊びに来るのですよ。むしろ見舞いはついでです」
「む。報告にあった精霊もどきが憑いたとかいうぬいぐるみか。本当に動くのか?」
「くま。私の両親だ。この国の王でもある。御挨拶を」
興味津々といった様子で身を乗り出す父親に、エディアルドは一つ頷くと促すようにくまのぬいぐるみの背をぽんと叩いた。
挨拶をしなさいと言われ、いつものようにエディアルドの隣に座っていたくまはぎこちなく立ち上がり、ぺこりと二人に向かってお辞儀をする。
『はじめまして。こんにちは』
「おお」
「まあ、可愛らしい」
それを見た二人は面白い、と目を輝かせた。その表情をくまはどこかで見たような気がする、と首を傾げたが、何のことはない。この二人はシャーロットの両親でもあるのだ。
「名前はまだ判らないのだったかしら?」
本来なら名前も言うべきであったが、なにしろくまに憑いた少女には記憶が無い。大凡の事情も報告されていたのだろう。母親は頬に手を当て小首を傾げてエディアルドに確認を取っていた。
「ええ。そろそろ頼んでいた調査の結果が出るとは思うのですが」
「ふむ。こうしてぬいぐるみが動くのを見ていると元が人間であるとは想像できんな。お前はこの者の本来の姿を見たことがあるのだったか?」
「夜の間限定ですが。今なら、もしかしたら私以外にも見ることが出来るのかもしれません」
「試してはおらんのか?」
不思議そうに問いかける父親に、エディアルドは苦笑を返す。
「マティアスの作った魔道具はぬいぐるみに着けていますし、何より本人が周囲と話せることを喜んでぬいぐるみから出ませんからね」
「今試してみてはどうか?」
「昼の間は私でも見ることは出来ませんよ。陽が完全に落ちて月明かりの下でないと」
「ふむ。今晩あたり試してみないか?」
面白いことを見つけた子供のようにきらきらと目を輝かせる父親に、これは諦めることは無いと判断したエディアルドは、当事者であるくまに視線を向けた。
「…だ、そうだが」
『え?ええ!?でも、ここから出ちゃったら、お話し…できなくなるんじゃないのかな?』
少女の疑問はもっともだった。
ぬいぐるみに装着している魔道具のおかげで会話が出来ているのである。ぬいぐるみから離れるという事はつまり魔道具から離れるという事であり、おそらくは効果の範囲から出てしまい会話が出来なくなる可能性が高い。
ふむ、とエディアルドはくまのぬいぐるみを見つつ、少女が憑いている状態から離脱する状況を考えてみた。
「すっかり抜け出るのじゃなく、半分残す感じでやったらどうだろう?」
『は、半分て…わ、わけわかんないよ~~』
「まあ、物は試しだ。見えなければそれはそれでいいだろう」
『そ、そうなのかな?』
なんだか腑に落ちない気分の少女だった。
そしてエディアルドと少女の相談が終わったと判断した父親は、ぽん、と膝を打ち立ち上がる。
「よし。では夜にまた訪れることとしよう。お前はどうするね?」
王は隣に座る妃に向けて問いかけた。それに対し、さすがにシャーロットの母というべきか、妃はにっこりと笑顔で王に応える。
「もちろん、参加致しますとも。せっかくですからお茶菓子もわたくしが選んでおきましょう。ふふ。久しぶりにエドとお茶会ができますわね。楽しみだわ」
「あまり長居するとオーエンの雷が落ちるぞ。エドが疲れんようほどほどにな」
「承知しておりますよ」
そうして夜に再来の約束をして両親はエディアルドの部屋を出て行った。
『優しそうなお父さんとお母さんね?』
「そうだな。優し過ぎてこの部屋に来るのを制限される程にな…」
『どうして?』
優しいからこの部屋に来られないとはどういうことなのか、解らずにくまは首を傾げる。それに苦笑を浮かべエディアルドは自分の抱える病に触れる。
無理をするたびに寝込み、熱を出し苦しむエディアルドを両親は――特に母は当初付きっ切りで看病をしてくれた。愛情溢れる彼女は息子が苦しむことに胸を痛め、エディアルドの体内の魔力が減っていると判るや限界まで自分の魔力を注ぎ込んだ。本当は限界を超えようとしたらしいが、気付いた周囲に止められ諦めたらしい。以来、自身の休息もろくに取らず、隙あらば魔力を与えようとしやつれていく母に居た堪れなくなり、エディアルドは父である王に病床に母を近付けないよう願い出た。当時、エディアルドの病に嘆き不安に押し潰されそうになっていた母は、そのことで初めて父と盛大な大喧嘩をしたらしい。母が落ち着くまで口をきいて貰えなかったと、後に父に愚痴を溢された。結局は主治医であるオーエンに諭され渋々納得したようだ。
父にしても、王であるのに政務の合間を縫っては頻繁に部屋を訪れ、こっそり魔力を与えようとするものだからこれまたオーエンに叱責され、エディアルドが元気な時以外の出入りを禁じられた。
王に対して不敬である、と思わないでもないが、政務というものは体力気力の落ちた状態で続けられる程易くはない。むしろ激務と言っていい。他の国がどうかは置いておいて、この国では王の決裁無しには治水・税収・外交政策など勝手に動かす事は出来ない。その為、臣下が目を通し篩にかけても上がってくる報告は膨大なものとなる。だからこそオーエンの苦言は至極当然であると受け入れられ、不敬に問われることは無かった。
『エドは、それでよかったの?』
「うん?」
『お父さんもお母さんもあんまり来られなくなって、病気の時に傍にいてくれなくなって、さみしくなかった?』
「寂しい、か。寂しいと考える程、気持ちに余裕はなかったな。…むしろ、私の為に皆が無理をしようとする事の方が辛かったからな。一人の方が気楽だった」
『そっか』
頷きながら、くまに憑いた少女はエディアルドの事をちょっとだけ寂しい人だと思った。
ちょっとだけ寂しくて、哀しい人。
そして強くて、弱い人。
どうしてそう思ったのか、少女自身にも解らなかった。
のそのそとソファの上を移動し、くまのぬいぐるみはエディアルドの膝に乗り上げなんとなくしがみ付く。
「くま?」
部屋の中は十分に暖かいけれど。
寄り添って分け合える温もりを、少女は覚えたから。
少しでもエディアルドの中にある寂しい気持が和らぐといい。
そう、思った。




