25話 【いろいろ試してみましょう。】
「お兄様、お兄様、くまの精霊様はお茶しか飲めませんの?」
いち早く立ち直り、好奇心いっぱいの目をキラキラさせたのはシャーロットだった。若いだけに(それだけではないような気もするが)柔軟性に富んでいるらしい。ウィルとニナは未だ戸惑っているように見える。マティアスは…動じていないように見えるが、どうだろうか。
「さあ?茶は、どうやら気合いで飲んでいるらしいが…他は知らんな」
「お菓子とか果物はどうなんでしょう?」
どうなんだと訊かれても、エディアルドとて昨夜初めて顔を合わせたのだ。精しいことなど知る筈もない。此処はやはり本人(?)に訊くべきだろう。
「判らん…どうなんだ、くま?」
『アタシだって判りませんよぅ~。お茶だって昨日、初めて飲んだんですよ?』
話を振られて、こてん、とくまは首を横に傾けた。それだけを見るとなかなか愛らしいと言えるのだが、声が不満そうなので可愛さは半減している。
もっとも聴こえない面々からすれば関係ないだろうが。
エディアルドは、首を傾げたくまを目にして喜色満面で両手を握りしめるシャーロットに、胡乱な視線を向ける。知らないというのは幸せなことだと思いながら。
「判らんそうだ」
「じゃあ、試してみましょう!」
幸いにして、と言うか、エディアルドの部屋にはお茶の用意も然ることながら、調子を崩した彼が欲しいものを口にできるよう、果物類は豊富に常備されている。菓子類はエディアルドが好まない為、普段置いては居ないが、今日はシャーロットが訪れた為に先程用意するよう頼んだばかりだった。
『ええっと…どうしてこうなってるの…?』
思いっきり戸惑っている声を上げたくまの目の前には、そこまでするかと呆れる程の量の菓子と果物、そして飲み物。
さすがに寝台の上に並べるのは憚られたようで、色々な物を盛った皿を所狭しと並べたテーブルの前へとくまを移動させていた。移動させる時シャーロットが抱き上げようとしたのを、ウィルがまだ危険じゃないとは言い切れないと嫌そうに首根っこを捕まえてぶら下げて運んだのは、まあ御愛嬌というものだろう。
「試してみろ、ということらしい。食べてみればどうだ?――気合いで」
『どんな無茶ぶり!?って言うか、これって、気合いで何とかなるものだと思います…?』
「さあな。やってみないとわからんだろう?…というか、何故、私の部屋でやるんだろうな…?」
『知りませんよー…』
くまの声は聴こえていないがエディアルドの言葉はもちろん聞こえる。耳にしてウィルは呆れたように溜息を吐いた。
「そんなもの、殿下がシャーロット様の前で、そのくまに妙なことをさせるからじゃないですか。自業自得です」
「む。」
思い当たるだけに返す言葉がなく顔を顰めたエディアルドに、少しだけ済まなさそうにマティアスが苦笑を浮かべている。
「申し訳ありません。私もとても興味があります。実体を持たない精霊がミルクを好むと聞いたことがありますから、同じようなものでしょうかねえ?」
「まあ、そうなんですの!?」
物怖じせずマティアスに問い返すシャーロットの顔は、誰の目から見ても興味津々に輝いていた。年齢のせいか無邪気に問い掛けるシャーロットに、マティアスは面倒がらず笑顔で答える。
「実際に精霊が飲んでいるのかどうかは、私は見たことがないので断言はできませんけれどね」
にこやかにシャーロットと話すマティアスを見ていたウィルが、そういえば、と口を挟んだ。
「つーか、神官殿。今更だが神殿に帰らなくていいのか?」
「おや。こんな面白そうなこと、見逃す手は無いでしょう?それに、確認しておきたいこともありますしね」
悪びれず、然して慌てる訳でもないマティアスの悪戯を思いついた子供のような表情を目にして、ウィルは深々と嘆息する。
「神官ってのは暇なのか…」
そんな筈は無いのである。
神殿は祈りを捧げるだけでなく、その特性もあって施療院も併設されている。途切れることのない参拝者の対応、必要な者への施療、そして前述した邪霊・悪霊を祓う為の調査や祈祷など数え上げればきりがない。まして、実際に現場で動ける有能な神官はそう多くは無く、おそらく目の前のマティアスは無能ではない。
ウィルの言いたいことは解っているようにマティアスは微笑む。
「そうそう暇にはなりませんが、今日は殿下の要請あって此処に来ていますのでね。早くとも夕刻までは自由の身です」
「…何の用だと思われたんだかな…」
「何だと思ったんでしょうねえ」
気怠い身体を寝台に預け、エディアルドは神殿の上層部が何を思ってマティアスを寄越したのか考え、考えたところで無駄と気付いて小さく溜息を吐いた。マティアスはそんなエディアルドを面白がるように微笑みながら見ている。腹の読めない男だと改めて思う。
「さあさ、くまの精霊様!難しいお話はお兄様達にお任せすればいいんですのよ?どうぞ、召し上がってみてくださいな」
『く、くまの精霊…?』
「……シャロン。それの中身はくまではないぞ?」
「解っておりましてよ、お兄様?でもお名前が解らないのですもの。それともくまさんの方がよろしいのかしら?」
『…』
「…好きに呼べ」
『はぅぅ…』
がっくりと項垂れたくまは、やはりくまと呼ばれることからは逃れられないと悟る。くまじゃないのに。だが、違うと言えば「じゃあ、自分の名前をおもいだせ」とエディアルドは言うだろう。
記憶も気合いで戻らないものだろうか。
気合いでお茶が飲めても、実際何の役にも立たないと、くまは胡乱な気持ちでテーブルの上のものを眺める。
綺麗に盛られた色とりどりのお菓子。瑞々しい果物。数種類の果汁にお茶、と、よく解らない何か。
本当に、気合いでなんとかなるものなら、きっとエディアルド以外のヒトと話すことだって出来た筈なのに。
実際は動くことは出来ても話すことも出来ず、姿さえ見てもらえない。
と、ちょっとやさぐれた気分でくまは皿の上に手を伸ばしてみた。
お茶と同じように『食べたいな』、と思いながら。
結果。
どういうことなのか、固形物は食べる事が出来なかった。
果汁やお茶は飲めた――というか、消えた。
とろりとしたお月さまの色をしたものも消えた。お茶を飲んだ時よりふわふわした気分になった。
そして、小さな器に入っていた赤い色の水は。
『おぉ~…?エド~、これ、なんか…変な感じ~』
「…変?」
最後に赤い水を飲んだあと、くまはゆらゆらと揺れ、立ち上がったと思ったらくるんと回り、そのままこてん、と転がった。
「あら…」
「…何を、飲ませた?」
「…これは」
最後に飲んだ器を取り上げ、くん、と匂いを嗅いだマティアスがちょっと片眉を上げた。
「酒ですね」
「ものは試しにと思いまして」
「…酒…。つまり、これは――」
「酒は酒精とも言いますし。まあ、在り得ない事ではありませんねえ」
ソファの上には、傍目にはただのぬいぐるみ―――酔っぱらった幽霊(仮)が目を回して転がっていた。
エドが病気だって忘れてるような気がしてならない。特にシャーロットが…。




