24話 【お茶にしましょう。】
ふぅ、と息を吐いてエディアルドは力を抜いて目を閉じる。
薬が効いているとはいえ、やはり怠い。それなりに喋ったのでのども乾いた。
「ニナ、お茶淹れて」
「はい」
ニナが動き出すと、難しい話はもう終わったものだと判断したのか、それまでおとなしくしていたシャーロットがエディアルドの袖を引いて話しかけてきた。
「お兄様、お兄様」
「…ああ、何だ、シャロン?」
問い掛けると、シャーロットの視線が項垂れたままのぬいぐるみのくまへと向けられる。
「くまさんが動きませんわ。どうしたのでしょう?」
不思議そうに首を傾げた妹に、エディアルドは苦笑を浮かべる。
「…自分探しの思考にどっぷりと嵌っているらしいぞ」
「?…よく判りませんが、落ち込んでいらっしゃいますの?」
落ち込むというよりは、自分が何者か悩んでいると言った方が正しい気がしたが、然して違いは無いだろう。
「シャロンは、アレが動いても怖くは無いのか?」
動くぬいぐるみのくまを見ても驚きこそすれ怖れる様子を全く見せないシャーロットは、エディアルドの問いに目を瞠り、心外だというように頬を膨らませた。
「まあ!どうして怖いことがありますの、お兄様?だって、神官様も悪い霊ではないと仰っていたではありませんの。そこにいらっしゃるのは確かなのですし、何だかわからないというのなら、もう精霊様でよろしいのではありませんか?」
「…うーん。精霊様、ねえ…」
自分以外に見えないだけで特に何をする訳でもないくまは、なんとなく精霊というには何かが違うような気がする。だが、わざわざ妹の期待を切り捨てる程の事でもないと、エディアルドは否定はしないでおく。
こんなどんくさい精霊、自分は嫌だと思いながら。
「エディアルド様、どうぞ」
手早くお茶を淹れたニナからカップを受け取り口をつけながら、ただのぬいぐるみのようにみえる、幽霊(仮)の少女の憑いたくまを眺める。
そう言えばこいつも茶が飲めたな、と思い出す。気分転換にもいいだろう。
「ニナ。くまにもお茶を淹れてやってくれ」
「は?」
「え?ぬいぐるみですよね、これ?」
「どうやって飲まれますの?」
「ほう?」
それぞれが室内の椅子に腰を落ち着け、ニナがお茶を配り終えたのを見計らってエディアルドが声をかけると、妙なことを聞いたとばかりに思い思いの反応を返してきた。
エディアルドとて、昨夜の事実がなければわざわざぬいぐるみに茶を勧めるなど考えない。
昨夜の自分の気分を味わえばいい、と少しばかり意地の悪いことを考えたのは否めないが。
「まあ、見ればわかるさ。…くま。今は、考え込んでいても仕方ないだろう。茶でも飲んで情報が集まるのを待てばいい。あれこれ悩むのはそれからでも遅くは無いだろう?」
『……うん』
それまで微動だにしなかったくまがこくり、と頷いた。頷いたものの、声が沈んでいるのは納得できていないからだろう。
昨夜出会ってから、口を開けば賑やかに喋っていた相手がこうも大人しいと、何やら調子が狂う気がする。
「…どうも、お前が騒がしくないと妙な感じだな…」
『…そんなに騒いでないもんっ』
ぼそりとエディアルドが呟くと、それまで俯いていたくまがぱっと顔を上げた。
まるで『大げさに言うな』と抗議でもしているような反応に、エディアルドは呆れて目を眇めくまを見遣った。
「…お前、少し自分の行動を省みてみろ?というか、深刻に思い悩むなど似合わんからやめておけ」
『そ、そういうもんだい・・・?』
人生(?)の一大事のような事態なのに、似合わないとか言われてくまは泣けるものなら泣きたかった。そんなくまの心情など知らず、エディアルドは更に続ける。
「まあ、お前が能天気に騒いでいないと、なんとなく調子が狂うというか…?」
『…何気にしつれいーっ!エドってば、ひどくない!?』
似合う似合わない以前に、いったい自分のことをどういう風に認識しているのかとくまは怒ってみるが、当のエディアルドは全く気にしていなかった。
そんなやり取りをしている二人に、ニナが控えめに声をかける。
「エディアルド様、あの、お茶をお淹れしましたけど…」
「ああ、ほらくま、飲め」
カップの乗った皿ごとニナから受け取り、エディアルドはそれをくまの前に置いてやった。
『むぅ~』
「香りは好きなんだろう?今更遠慮するな」
『何となく微妙な気分…でもせっかくだし。いただきまーす』
くまが手を添えカップを覗き込むと、湯気を立てていたお茶がふわり、と全て湯気に変わったようにカップの中から消えていた。
「「まあ!?」」
「おや?」
「…マジか…」
口を挟まず見物していた周囲から一様に驚きの声が上がる。
既に二度目である為驚きこそしないが、やはり受け入れがたい現象だとエディアルドは眉を顰めて空のカップを眺めていた。
「…何度見ても不可解だな…」
『エドが飲めって言ったくせに~』
「まあ、そうなんだがな…美味かったか?」
『…わかんない。でもほわんってなって、あったかかった』
「そうか」
茶は飲めても味までは判らないらしい。これで果たして飲んでいると言えるのかどうかは疑問である。
だがしかし。
とりあえず周囲が驚いたことにエディアルドは満足し、笑みを浮かべていた。
シャーロット…ものすごく存在を忘れられてたよね…。
難しい話の間は口出ししないよう躾けられています。




