23話 【似ているということ。】
管理官を見送った後、エディアルドは未だ打ち拉がれるくま(ぬいぐるみ)を興味深そうに眺める神官へと視線を移す。
神殿はある程度国の庇護は受けているものの、独立した組織と言っていい。したがって、そこに属する神官は王の臣下ではない。まして、エディアルドは表舞台に立つことの適わない、はっきり言って何の実権も持たない立場にある。
こうして危急の用件でもないのに個人的に呼び付けられては不満に思いそうなものだが、目の前の若い神官からは面白がっている表情しか読み取れない。
変わった人物だ、とエディアルドは思う。
「さて、神官殿。ひとつ訊きたいのだが」
「何でしょう?」
「そこのくまの中に何かが入っているのは判っていただけたと思うのだが」
「そうですね…何も居ないということはありません」
泣き付くくまを無視するのは、声が聞こえるだけにうっとおしい。しかし、だからと言って周囲に気が触れたと思われるのは非常に不本意なのだ。自分で行動できる範囲が制限されている以上、周囲の協力を仰がねば身元を調べることすら難しい。
だからこそ祓う祓わないは関係なく、例え正体が不明であっても、確かに其処に何かがある。エディアルドはその言質が欲しかった。
まあ、ぬいぐるみのくまが動いている時点で、信じて貰える確率は半々だった訳だが。
そして、訊いておきたかった事は一つ。
「今まで誰にも視えず、声も聴こえなかったらしいが、どういうわけか私には通じるらしい。こういった事はよくあるのだろうか?」
そう。
何故、エディアルドだけに声が聞こえ、姿が見えるのか。特定の人物だけに視える幽霊だと言うのが、エディアルドには不思議でならなかった。これが万人に視えるならば、幽霊(仮)も自分も面倒はとても少なかっただろうに。
神官は少し考えるように顎に拳を当て、僅かに首を傾げる。
「ふむ。…私も若輩故、それほど多くを知る訳ではありませんが…。おそらく、殿下とこのぬいぐるみの中の存在は魔力の質がとても似通っているのではないかと推測されます」
「…魔力、か」
魔力が枯渇する、エディアルドの原因不明の病。ほとんど身体に残っていない魔力が幽霊(仮)に似ているかもしれないと言われエディアルドは苦笑する。
実体の無いモノと、いつまで生きられるか判らない自分の魔力が似ているなど、いったい何の冗談なのか。
エディアルドの胸中など気付かないように神官は続ける。
「魔力は使える使えないに拘らず、誰しもが持っているもの。不思議なことに全く同じ魔力の質を持つ者は誰一人として居りません。その特性から、近頃では人物の特定に活用しようという動きがあるらしいですが…これは魔術兵団の研究部が詳しく説明できるでしょう。話が逸れましたね。で、その魔力の質ですが、近ければ近いほど共鳴反応が起こり易くなることが判明しております。例えば質の似通った者二人と、全く違う二人に同じ術を使わせてみると、似通った者同士の方が威力が大きくなります。また、遠話も似ていると距離が延びるようです。まあ、これは私の推測でしかありませんが、殿下とぬいぐるみの中身は非常に似ている魔力の為に、一種の共鳴現象を起こしているのではないでしょうか」
「共鳴現象…」
「殿下はそのぬいぐるみの中身が消えかけているように仰った。他の者に気付かぬ程に弱まった魔力が殿下の魔力に似ていた為に、声と姿が届くようになったのかもしれませんね」
神官の言葉にエディアルドが考え込むように黙ると、それまで口を挟まずに居たウィルが戸惑うように神官に声をかけた。
「神官殿。つかぬ事を訊くが、実体がなくても魔力ってのはあるものなのか?」
「もちろんですよ、近衛副隊長殿」
「ウィルでいい。で、それって幽霊とかにもあるもんなのか?」
魔力は誰にでもある。それは誰もが知っていることだが、実体の無い者にも有るとは誰も考えない。考える程多く関わらないからだ。
神官は言葉を選ぶように少し考えた後、口を開いた。
「そうですね…霊体が生きている者に悪さをすると悪霊・邪霊と呼ばれます。人を傷つけたり、周囲に影響を及ぼしたり――物を動かしたり、ひどい時には嵐のような現象を起こしたりする訳ですが、その力の源は何だと思いますか?」
例を上げられ、逆に質問されてウィルは気付く。
実体の有る無しに関係なく、様々な現象を起こす力。
「…あー…、なるほど」
「人に害を為せば邪霊、人に都合の良いことをすれば精霊と呼ばれる――つまりはそういうことです」
「ほー…って、ちょっと待て。神官殿が邪霊と精霊をごっちゃにしたら拙いだろうが!?」
一般に精霊は善きもの、人に恩恵を与える存在として、崇められ親しまれる。逆に邪霊は害を為すものとして、怖れられ忌避される。
神殿は神霊に次ぐ高位の存在として精霊を定めている筈。その神殿に在籍する神官が口にしていい内容ではない筈だとウィルは慌てる。
そんなウィルの危惧を余所に神官はにこりと微笑む。
「なに、構いませんよ。真実ですし、隠しておきたいのは上層部だけです。まあ、一般の方々の夢を壊す気はありませんので、もちろん公言は致しませんよ」
「…食えねえ…」
「食われる気もございませんから」
この遣り取りを聞いていたエディアルドは、いつも澄ました顔で動じることの少ないウィルを珍しく思いくすり、と笑みを溢した。
「面白いな。神官殿、名は何と言う?」
「マティアス・セルベルクと申します」
うん、と一つ頷きエディアルドは神官に視線を合わせた。
表に出ることは無いとはいえ、王族の強い視線をマティアスは怯むことなく受け止める。病に伏しているエディアルドの、嘘や誤魔化しは許さないと訴える瞳は、病さえなければ、とマティアスに思わせる程のものだった。
「マティアス。ものは相談だが、このくまが話す言葉を、私以外に聴かせることは可能か?」
「…そうですね…こう言った事は魔術師の方が詳しいと思うのですが、相手が実体を持たないとなるとこちらの分野になりますか――少しばかり、お時間を頂けますか?」
「出来ないとは言わないのだな」
幾分目を細めるエディアルドに、マティアスも笑みを返す。
「可能性を否定する事程、愚かな事は無いと思っておりますので。もちろん、大言壮語するつもりもありませんが」
「うん、では頼む。いい加減一人芝居のように見られるのも厭いたしな」
放っておけばいい。
そう、思わないでもなかった。自分以外を巻き込んで、余計な仕事を増やして済まないと思う気持ちも少しある。
絆された、と言えばそうなのだろう。
消える前に、何かを残したい。忘れないでほしい。覚えていてほしい。
そう思うのは、エディアルドも同じだった。
だからこそ。
せめて、消える間際くらい寂しい思いをしなくて済むように願うのは、果たして本当に幽霊(仮)の為なのだろうか――――。




