21話 【思い出してみましょう。】
「ええと、その、そこのぬいぐるみの中身が…死者の霊だと…?」
首を傾げたのは、まだ若い神官だった。
「自分ではそう言っているな」
「14・5歳の娘でございますか。…その中で亡くなった者となりますと…どれだけ遡ればよろしいのでしょうか?さすがに100年前とかになりますと詳細を調査するには厳しいかと思いますが」
無理です、とは言わず調査の範囲を絞る要求をしてきたのは内務管理官。こちらは年を重ねた者相応の落ち着きがある。年齢だけで言うならエディアルドの二倍近いのだ。このくらいで狼狽えていては管理官など務まらないだろう。
「出来る範囲で構わん。なんせ自分の名前すら覚えていない馬鹿だからな」
「は!?」
『馬鹿って…!ヒドイです~』
「違うと言うなら名前と歳を言ってみろ」
『うぅ…』
「そういえば、お前がいつから幽霊だと自覚したのか聞いてなかったな…いつだ?」
『ええと…いつって言っても…いつかなー』
困ったように頭に手を置いて俯くぬいぐるみのくまを、室内の人間(エディアルド以外)は微妙な表情で見つめる。どうやらエディアルドと会話しているらしいと察するが、自分たちに声が聞こえないので何とも口の挟みようがないのである。
『ぼーっとしながら、ふらふらしてたからー…』
「大体でいい。何か年の区切りになるようなものとか、覚えている事柄とか…」
『えーと、えーと…』
くまは頭を抱えたまま動かなくなってしまう。これでも悩んでいるのだが、エディアルド以外には唸り声すら聞こえないので固まったようにしか見えない。
「僭越ながら。年数を数えるなら新年の鐘はどうでしょう?真夜中に鐘を打ち鳴らすのは新年の区切りだけですし、判り易いかと」
エディアルドの言葉を受けてウィルが提案をすると、くまがぱっと顔を上げた。何か思い当たることがあったらしい。
『夜に鳴る鐘?』
「そうだ」
『カーンカーンっていっぱい鳴るやつかな?』
「それで合ってる」
『ええと、それなら…』
何か思い出しているように天井を見上げるくま、のぬいぐるみ。囲む人々の表情はやっぱり微妙だ。
『4回…ううん、5回覚えてる。此処に居るってわかってしばらくしたら鳴ったー。夜なのに人がいっぱい外に出てきて面白かった』
「しばらくってどの位だ?…待て、確かお前室温が分かるんだったな?幽霊になった時寒かったか?」
『うーんと?昨日の晩よりは寒くなかった!でもちょっと寒かった。あ、あのねー。外の樹に赤い実がいっぱい出来てたよ。』
首を傾げるくまは、少しずつ少しずつ――自分が目にしてきたものをエディアルドの言葉に誘導されて思い出していく。漠然として意味を為さなかった風景が、ゆっくりと繋がっていく。
エディアルドはその会話の中で、少女が物の名前をほとんど知らないかもしれない事に気付いた。記憶がないせいかもしれないが、固有の名前を使っていないのだ。
「赤い実?林檎か?」
『名前は知らなーい。えっとねー首の長い動物が美味しそうに食べてたよー』
「首の長い動物…」
『顔も長かった』
「馬か…」
『馬っていうのか~。黒いちっちゃいコが茶色の馬さんから産まれてたよー』
「茶から黒の子…」
「殿下…それはもしかして茶色の馬から黒色の仔が産まれたという話ですか?」
「そうらしい」
呟いた言葉を拾ってウィルが確認をする。職業柄、どうやら思い当たることがあるようだ。頷いて促すとウィルの方も納得したように頷く。
「4年前、栗毛の母馬から青毛が産まれたことがありますよ。新年を迎えてからですがね」
「時期があやふやだが…ぼーっとしてたって言うからな。そのくらいのずれはあるか…よし。呆けてた分も考慮して10年前から調べてくれ。できればその頃に14・5前後の年齢で、この城に出入りしていた者全てだ」
「全て、でございますか」
内務管理官がややうんざりしたように溜息を吐く。が、直後にはっとしたように表情を引き締めた。高位の存在を前にして不敬であると思ったのだろう。エディアルドはそんな些細な態度を気にするような性格ではなかったが、苦笑を浮かべ気付かないふりをしてやる。
「そうだ。100年分よりはましだろう?」
「承りました。暫し猶予を頂いてもよろしいでしょうか?」
「何も今日明日中にとは言わないが、出来るだけ急いでくれるか」
「急ぐ理由が?」
急に呼び出されての指示に異を唱えるつもりは無かったが、調査は過去のものであるし対象はすでに死者だと言う。ならば急を要するものではないのではないか?そう思った管理官に、エディアルドは困ったようにくまを指差した。
「そこの、頭の中身をすっぱり何処かに置き忘れてきた間抜けな幽霊が、近いうちに消滅の危機らしい」
「らしい?」
『…間抜け…』
指差されたくまは、「がーん」と効果音が付いてでもいるかのように両手をついて項垂れた。間違ってはいないがヒドイとぶつぶつ呟いてみるが、聴こえているのはエディアルドだけなので奇麗に無視された。
「昨夜、消える前に自分の身体を探して欲しいと言ってきた」
「人探しの理由はそれですか…」
「いっそこのまま消滅してもらっても一向に構わないのでは…」
『がぁーん…!ひ、ひどいー』
ウィルが納得したように頷き、ニナがぼそりと身も蓋もないことを呟く。しっかり聴こえたくまは更にショックを受けたらしい。さすがにかなり鬱陶しいとエディアルドは眉間にしわを寄せて項垂れるくまを睨む。
「まあ、それも考えないではなかったんだが…そうすると夜な夜な枕元で泣き付かれたり、恨み事を言われそうでな…」
「祓った方がいいのでは…」
主に害を為すモノは徹底的に排除したいニナが促すように神官へと視線を向けると、それまで静かに成り行きを見ていた神官は難しい顔で首を振った。
「それは…おそらく無理でしょう」
誰にとっても意外な言葉だった。
エディアルドにしても当初神官に祓わせる気があったので、出来ない理由が気になる。
「神官殿…?何故でしょうか」
邪霊や悪霊、その他実体の無い現象を取り扱い、対処するのが神官の役目といってもいい。確かに名ばかりの神官も居ないではないが、神殿がエディアルドの元へ寄越したからには役立たずな筈は無いのである。その彼が祓うのは無理だと言う。
納得のいかない面々を代表するかのようにニナが理由を問う。
神官も問われることを予測していたのだろう。一つ頷くと、じっとくまのぬいぐるみを見つめる。
「殿下の仰る通り、霊がそのぬいぐるみの中に入っているとして…声は聞こえませんが、動いているので間違いは無いのでしょうが…。我等が祓うのは悪意を以って害を為す悪霊が対象です。それも、我等神官が気配を捉えられる場合のみ。悪霊であれば…いえ、そこいらに漂う死霊であっても、気配を捉えることは容易い筈なのですが…殿下の仰る霊は死霊の気配がいたしません。何かが其処に在る、と感じ取ることは出来ますが…何でしょうね?精霊ともまた違う気配のような…」
そもそも霊と呼ばれるものは負の気配がするものだと神官は言う。近付けば気分が悪くなったり寒気を感じたり、そこまでいかない弱い存在でも嫌な気配が漂うものだと。だからこそ神職に在る者は、その気配を捉え祓う事が出来るのだと。
意外なことを聞いたというようにエディアルドは瞬き、足元で顔を上げたくまに目を向ける。
「死霊ではない…では、生きているということか?」
「そこまでははっきりと言い切れません。そもそも生霊と考えるにも人の気配がいたしませんし…不可解です」
エディアルドの問いに神官は首を振り「役に立てず申し訳ありません」と頭を下げた。
「死霊でもなく、生霊でもなく。まして精霊とも違う、か…。くま。お前、いったい何だ?」
確かに其処に居る、ますます謎を増した存在にエディアルドは額に手を当て溜息を吐く。
傍目には、動きの止まったただのぬいぐるみのように見えるくまは―――。
『……アタシ…アタシは…』
狼狽えたように頼りない声で呟き、くまはエディアルドを見つめる。
『…アタシは、なに…?』




