9話 【見た目も大切かもしれません】
いかにもな幽霊らしくなった半透明の少女はふよふよと浮きながらスカートの裾を摘まんだりしている。くまから離れたら見えなくなるかもと言っていたが、杞憂だったようだ。確かに薄い煙でできた精巧な人型のようだが、存在が判らなくなるという程のものでもない。
『これでアタシの言うこと信じてくれる?』
「…甚だ不本意だがな」
本当は今でも半信半疑だ。けれど、実際に目の前に在るモノがそれらしいことも事実だった。青年は目にした事象を頑なに否定する性質ではなかった。
服を身に付けた少女をじっと観察する。
少女の言う通り、透明度が高過ぎて確かな人相とは言えないが、それでも青年の記憶の中に思い当たる顔はない。
使用人にも親族にも似たような顔立ちをした者を見たことがないのだ。何よりその白過ぎる長い髪は一度見たら忘れることなど有り得ないだろう。尤も、本来の色であるとは限らないが。
「名前不明、年齢不明、記憶なし、か。正体不明にも程があるな。しかも視える者が居ないとか。下手をすれば私の気が触れたとでも思われそうだな…」
もちろん青年に触れ回る気は毛頭ない。
今更一つ二つおかしな話が増えたところで何が困ると言うこともないが、それでも心配する存在が居るのもよく解っているので、身の振り方には多少気を使わなくてはならないのだ。
「くま」
『くまから出てもくまですか!?…はぁ、もういいですけどね…』
がっくり、と項垂れる少女が何やらぶつぶつと言っているが、青年は気にすることなくふらりと立ち上がる。
今は脱け殻となったくまのぬいぐるみを手にすると寝台へ向かったので眠るものだと思っていたら、何故か徐にシーツを引き剥がし端に剣をぶすりと刺すとそのままビリリと思い切りよく裂いてしまった。そうしてできた細い布を手にすると、青年は少しばかり不器用な手つきで白い綿のはみ出しているくまのぬいぐるみの身体にぐるぐると巻き付けた。どうやら包帯のつもりらしい。
ふわふわと傍に寄って行った少女が不思議そうに見ていると、青年がほんの少し苦笑を浮かべる。
「気休めだが。綿とは言え中身が飛び出ているのはさすがに見た目がよくないだろう。なんだか咎められているような気もするしな」
『痛くはないからアタシは気にしないけど、たしかにはみ出ちゃってるのは気分がよくないのかなー』
少女が首を傾げていると、包帯を巻き終えたぬいぐるみを青年は乱れた寝台の端に乗せた。そして自分も寝台の上に仰向けに転がる。
「生身なら内臓が飛び出てるってことだからな。見た目が可愛らしい分痛々しいと思う者の方が多いんじゃないか?」
『そうなの?』
「女子供は特にな。…まあ、綿が飛び散って埃が舞うとくしゃみが出そうだっていうのも…」
『そっちが理由かっ!?』
優しいなあ、とか少しでも思ったアタシが馬鹿だったのね!とか少女が喚いているのを聴きながら青年は目を閉じる。背筋を駆け上がるような寒さに傍にあった毛布を引き寄せ丸くなると、ずしりと身体が重くなった。
『う~ん。確かに綿は飛び出なくなったけど、よけい痛々しく感じるのは気のせいかなあ…って、ちょっと!?』
手当てされたくまのぬいぐるみを眺めていた少女が青年の異変にようやく気付く。毛布に包まった青年の顔色は青白く、瞼が閉じられた表情は安らかとは言い難い。
『具合悪いのっ?』
「…寒い、だけだ。耳元で、騒ぐな…」
慌てたような少女の声に応える声は力の入らないような弱いものだった。誰か呼ばなくちゃ、と思っても、今のところ少女の姿が見えるのも声を聴けるのも目の前に転がっている青年だけなのだ。
『ど、どうしよう!?』




