序 【昔語り】
本文に入れる隙がないので割り込ませてみました。
設定のようなものです。
昔々。
大地は幾つかの大きな国に別れて、それぞれの国は王が治めていました。
ある王の治める国は肥沃な土地に恵まれ、人々は飢えを知らず笑顔に溢れ、王もこの地をよく治め慕われていました。
ある王の治める国は豊かな森に覆われ、人々の暮らしも決して貧しいものではありませんでした。贅沢は出来なくとも笑顔で暮らせる、そんな国でした。けれど、この国の王は思いました。
『隣国の方が我が国よりも豊かなのは何故だ』
どの国もそれぞれに豊かであったのに、この王は自分たちの国が隣国よりも劣っていると思ってしまいました。そして、そのことを悔しいと感じ、自国が一番富んでいなければ許せないと考えるようになりました。
卑屈になってしまった王は事有る毎に隣国に難癖をつけるようになりました。
隣国の王は、自国が優れて富んでいるわけでも、他国が自国より劣り貧しいわけでもなく、ただその土地柄により差異があるだけなのだと諭しました。
けれど、卑屈に歪んでしまった心は、その言葉すら優位の立つ者の驕りと捉えてしまいました。
恵まれた水源を持ち、肥沃な大地を有するソランディア。
ソランディアを羨み疎む、森に囲まれた国ヴィーアス。
ヴィーアスはソランディアに度々戦を仕掛け、その土地を我が物にしようとしました。二つの国は幾度も戦い、疲弊していきました。
何度攻めても自分のものにならないソランディアに苛立ちを募らせるヴィーアスの王に、ある日魔術師が訪れ、言いました。
『ソランディアの王を、王に連なるものを呪ってしまえばいいのです。国の頂点に立つ王族がいなければ、彼の国は容易く王の手に入りましょう』
ヴィーアス王は喜色を浮かべ、魔術師に早速呪いをかけるように命令しました。
『王よ。呪いをかけるには希少なる道具が必要です。それさえ手に入れることができたのなら、直ぐにでも命令に従いましょう』
やがてヴィーアス王は魔術師の言う道具を揃え、呪いはソランディアの王家へとかけられた―――筈でした。
けれど、滅びたのはヴィーアスでした。
七日の業火に焼かれ国が滅びるその時、ヴィーアス王は佇む魔術師に憎悪の視線と剣を向けました。
『謀ったか、魔術師!』
剣を向けられ魔術師は首を振りました。
『いいえ、王よ。呪いは確かにかけられました。約束通りソランディア王族は滅びることでしょう』
『では、何故我が国がこのようになっているのだ!?』
激昂するヴィーアス王に魔術師は堪え切れないように笑い出しました。
『ははは!愚かなる王よ!自らも豊かであるにもかかわらず、他国を羨み妬むその心根が、手段を選ばぬその卑劣さが己が国を貶め滅びの道を歩ませたと、最後まで気付かなかったヴィーアス最後の愚王よ!知っているかい?』
にたり、と魔術師の顔が歪んだ笑みを浮かべました。
『呪うものは呪われる。滅びを望むものは滅びるんだよ――――』
『黙れ黙れ黙れ!!』
愚王と謗られた王の剣は魔術師に向かい、その身体を切り捨てました。
『―――もう、遅い。さあ、愚かなる王よ、冥府へと堕ちるがいい―――』
この言葉と共に、ヴィーアス国は王諸共にその名を消したのです。
今は豊かな森の名残もなく、灼熱の業火に焼かれ荒れ果てた大地が広がるばかり。
そしてソランディアもまた、かけられた呪いに苦しめられることになりました。
魔術師の言うように王族全てが滅ぶことはありませんでしたが、王家に生まれる長子が産まれて程無く命を落とすようになったのです。王の子だけではなく、王族に連なる一族全て、長子を喪うことになりました。ソランディアの王も民も悲しみましたが呪いの原因が判りません。どうすることもできないまま時が過ぎて行きました。
そして、ヴィーアスが滅んだ時より100年。
一人の王子がソランディアに産まれます。
既に王が長子を喪っていた為、何事もなく成長していた王子に異変が起きたのは、成人を間近に控えた15歳の時でした。
急激に失われていく魔力に為す術もなく、命さえ失われるかと危ぶまれた時、誰もが脳裏に思い浮かべました。
長子ではないのに、王子の身に呪いが降りかかった―――と。
ヴィーアスの呪いが100年経って加速したのだと。
人知れず、歯車は回り続ける。
―――そして、王子は少女と出会い、物語は始まるのです。