6話 元婚約者は破滅しましたが、私は最高の未来を自分で選びます!
舞踏会から数日が経っても、王城の空気はどこか落ち着かなかった。
「聞いたか? 王太子殿下の件」
「元婚約者に完敗した上に、あの公開プロポーズだろう?」
「完全に立場が逆転したな」
貴族たちがひそひそと交わす噂話は、もはや隠しようもないほど広がっている。
――そして事態は、それだけでは終わらなかった。
◇ ◇ ◇
国王の執務室には、張り詰めた空気が満ちていた。
「……弁明はあるか」
王の怒りと失望に満ちた低い声が、静かに響く。
玉座の前に立たされているのは、アリアの元婚約者であるオスカー王太子だ。
「僕は、ただ国のために最良の選択を」
「最良?」
その言葉を遮るように、王の声が鋭くなる。
「有力貴族の令嬢との婚約を私情で破棄し、その相手を公の場で侮辱した。その上、騎士団補佐官として功績を挙げた者を否定し、勝負にも敗北した」
淡々と並べられる事実に、王太子は何も言い返せない。
「それが、"最良"か?」
更に王は、側近が差し出した書類に視線を落としながら続ける。
「加えて、新たに婚約した令嬢だが――複数の貴族家との不正な資金のやり取りが発覚した」
「なっ……」
王太子の顔色が目に見えて変わる。
「お前が彼女を庇ったことで調査が遅れ、結果として王家の信用を著しく損ねた。よって――王太子の地位を剥奪する」
それは王からの静かな宣告だった。
だが、その一言で元王太子だった彼の全てが崩れ落ちる。
「ま、待ってください!」
縋る声を無視するように、王は続けた。
「さらに、地方領への降格を命じる」
「そん、な」
元王太子が膝をつく姿を見ても、同席している貴族たちは誰も動かない。
かつて彼の周囲にいた取り巻きも、誰一人として手を差し伸べなかった。
価値がなくなったから――、それだけの話だ。
「……僕は、間違っていない」
最後に元王太子が絞り出した言葉を、王は即座に否定した。
「間違っている。全てお前が選んだことだ。その結果に責任を取れ、オスカー」
「そんな、どうして! どうして僕ばかりがこんな目に。あああああっ!!」
後に残ったのは、全てを失った絶望を叫ぶ男の姿だけだった。
◇ ◇ ◇
騎士団本部に送られてきた、元婚約者の末路が記された報告書を、私は閉じた。
「……らしいですよ」
「そうか」
アークレイ団長は特に興味を示す様子もなく一言、そう答えただけだった。
「気にしないのですか?」
「する必要があるか?」
団長のさっぱりとした言葉に、私は目を瞬かせる。
「確かに――その通りですね」
「お前はどうだ」
そう問われ、私は少しだけ考えてから答える。
「特には。もう私にも関係のない人なので」
彼が王太子殿下という立場であるのならば、国に仕える騎士である以上は関わりが続いていただろう。
しかし、それも剥奪されてしまったらしい。
ならば今後、私がオスカーと接する機会はきっともうない。
自分と同じようにあっさりと答える私へ、団長は少しだけ笑った。
「そうだな」
団長は書類仕事を片付け終えると、私の手を引いた。
「少し来い」
「なんでしょう――ひゃっ」
無警戒に近づいたところで、私は団長に抱きしめられた。
相変わらず、突然すぎる。
「だっ、団長?」
「面倒な書類を全て片付けた。俺にも褒美が必要だ」
「……これが、褒美、ですか?」
「そうだ」
そう言われると、何も言い返せずに動けなくなる。
――良いように言い包められているだけな気もする。
私も大概、団長には甘いのだ。
これも"惚れた弱み"と言う奴なのかもしれない。
「婚約の件だが、正式に話を進めさせてもらう」
「もうですか? 急ですね!?」
「問題ない。むしろ遅い位だ。早く囲い込んでおくに越したことはない」
「私、そんなに逃げそうに見えます?」
「見えない。だが、万が一にでも他の男に目を付けられたら困る」
「私はアークレイ団長一筋ですよ!」
「……」
団長が静かになった。
少しだけ喜んでいる気配が、抱きしめて触れ合う体温から伝わってくる。
「団長って、可愛い人ですよね」
「何を言う」
調子に乗って少し意地悪を言おうとした私の頬へ、団長の手が添えられる。
「アリアの方が可愛い。ずっと。ずっとだ」
「……!」
真面目な顔でそう告げられれば、あっという間に形勢逆転してしまった。
真っ赤になる私へ、団長は更に顔を寄せてくる。
「アリア――」
私はぎゅっと目をつぶった。
そっと二人はキスを交わして、身を寄せ合う。
「団長」
「……なんだ」
「私、こんなに幸せで、良いのでしょうか」
「良いに決まっている。全て、自分で選んで掴みとってきた幸せだろう」
他でもない団長から力強く肯定されると、全てが報われた心地で胸がいっぱいになる。
「それに、こんなものでは終わらないぞ」
「えっ」
「俺の妻になるんだ。今以上に幸せになれ」
「ふふっ。はい!」
「俺だけだ。俺だけで、お前を埋めてやる」
(相変わらず重い。でも、)
「――楽しみにしています」
私が団長を見上げながら目を細めると、彼も柔らかく笑った。
「まずは、結婚式だな」
私の選び取った未来は、輝きに満ちていた。
この先にどんな困難があっても、きっと団長とならば乗り越えられる。
彼の腕の中で、私は幸福に微笑んだ。
そして有言実行の団長により、瞬く間に結婚式の準備が進められていったのだった。




