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5話 公開プロポーズなんて聞いていません、団長! 

 凱旋式の夜、王城では舞踏会が開かれていた。


(場違いすぎる……)


 控え室の鏡の前で、私は小さく息を吐く。

 騎士団の制服ではなく、久しぶりのドレス姿だ。

 動きにくくて、どうにも落ち着かない。


「よく似合っている」


 背後から届いた声に、私はびくりとした。


 振り返ると、正装姿のアークレイ団長が立っている。

 いつもの鎧姿とは違う無駄のない洗練された彼の装いに、私は一瞬で目を奪われた。


(ずるい)


 普通に格好よすぎる。

 思わず表情が緩みそうになるのを、何とか堪えた。


「大丈夫か」


「何がですか」


「舞踏会に出るのは、気が進まないのかと」


(うっ、バレてる)


 私は視線をそらしつつ、ぼそりとこぼす。


「……少し、逃げたい気持ちもあります」


「駄目だ。許さない」


 迷いのない即答と同時に、団長は私の手を取る。


「ああっ、心の準備が!」


 私はそのまま、会場である広間へ連れ出された。


◇ ◇ ◇


 舞踏会の会場は、音楽と光、華やかな衣装に包まれた人々で賑わっていた。

 私たちが到着した瞬間、一斉にこちらへ視線が向けられる。


(こういう注目の浴び方は、慣れることはないわね)


 思わず肩に力が入る私の耳元で、団長が囁いた。


「落ち着け。お前は俺の隣にいる」


「……!」


(それ、ずるいんだよなあ)


 その一言で不思議と勇気が湧いてくる。

 自然と、私の背筋が伸びた。


 私は団長と共に、堂々と会場の中央へ進んでいく。

 人の流れが自然と割れて道ができる。


 その時だった。


「……待ってくれ」


(本当にしつこいわね)


 振り返るまでもなく分かる。

 声をかけてきたのは、元婚約者のオスカー王太子殿下だ。

 周囲の貴族たちがざわめく中、彼は構わず言葉を続ける。


「まだ話は終わっていない」


「終わっています」


 即座に言い切ると、王太子殿下は眉をひそめた。


「君は一時の感情で道を誤っているだけだ。騎士団など、君のいるべき場所ではない」


(まだそれを言うの?)


 私は呆れて言葉も出ず、深く溜息を吐く。

 そんな私に代わって口を開いたのが、アークレイ団長だった。 


「――黙れ」


 低く鋭い声が空気を切り裂く。


「彼女の選択を否定する資格は、お前にはない」


 射抜くような視線に押され、王太子殿下が僅かに後ずさる。

 それでも彼は何か言おうとしていたようだが、団長の圧に負けて黙り込んでしまった。


 舞踏会の会場は静寂に包まれる。


 静まり返った広間の中央へ、団長は私の手を引いたままゆっくりと進み出た。


(……まさか)


「団長?」


 胸がざわめく。

 予感がそのまま確信に変わる。


 王族も貴族も騎士も、すべての視線が集まる中で、彼は迷いなく口を開いた。


「アリア・フォン・レイヴン」


 はっきりと名前を呼ばれて、私は息をのんだ。

 逃げ場はない。


 団長は私に真っ直ぐ向き直ると、跪いた。

 まさしく神聖な誓いを乞う、高潔な騎士のように。


「俺はお前を、補佐官としてではなく一人の女として求める」


 彼の大きな手が、私の手を優しくすくいあげる。


「正式に俺の隣に立て。他の誰にも渡さない。――俺と、結婚しろ」


 仕草はすっかり紳士じみているのに、何処か横柄な言葉が団長らしい。

 それでも彼の瞳には、一片の曇りも迷いもない。

 

 思えば最初からそうだった。

 彼はいつだって全力で、私に関わってくれた。


「……団長」


 周囲の視線も囁きもすべて切り離して、私はただこの人だけを見る。


「なんだ」


「条件があります」


 少し驚いた表情をしてから、団長が口を開く。


「言ってみろ」


「私は貴方の隣に"守られて立つ"つもりはありません。補佐官として、騎士として、対等に立ちます」


 私の言葉に一瞬だけ沈黙してから、彼はゆっくりと笑った。

 驚くくらい、優しい笑顔だった。


「それでいい。最初から、そのつもりだ」


(ああ、もう)


 私の胸に温かい気持ちがこみあげてくる。

 その想いの示すままに、私は団長の手を握り返した。


「……では、お受けします」


 会場は暫し静まり返った後――誰からともなく、手を叩く音が響く。

 やがては歓声と共に、広間全体が大きな拍手の音で包まれた。


「白銀騎士団の団長が……公開で求婚だと!?」

「お似合いの二人ですね」

「この国の未来も明るいですよ」


 祝福ムードで賑わう中、王太子殿下の顔だけがはっきりと青ざめて見える。


「なっ、馬鹿な、ありえない。どうして君たちばかりが祝われるんだ、僕は……!」


 彼はこの状況を受け入れられず、何か喚いているようだ。

 けれど、もうどうでもいい。


「逃がさないと言っただろう」


 公開プロポーズを見事に成功させた団長が、不敵に笑う。


「逃げませんよ」


 その姿がなんだか可愛らしく見えて、私は思わず笑みがこぼれる。


「むしろ――私が、捕まえに来ました」


 団長は私の言葉に、目を見開く。

 それから私たちは顔を見合わせ、二人でクスクス笑い合った。


 婚約破棄されたあの日から、すべては繋がっていたのかもしれない。

 失ったと思っていた未来は、もっと強く、自由で、誇れる形に変わってここにある。


 だから私はここにいる。


 騎士として、補佐官として。

 そして、この人の隣で生きていく者として。


 ダンスの音楽が鳴り始める。


「アリア、お前の相手は俺だけだ。最初から、最後まで」


「はい、団長」


 独占欲剥き出しの団長の言葉に私は頷き、彼の手をとった。

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