4話 もう貴方に興味はございません!元婚約者を叩き潰します!
私が補佐官になって数か月後、王城での凱旋式が行われた。
白銀騎士団の戦果を讃える公式の場で、貴族も王族も一堂に会している。
「緊張しているか?」
隣に立つ団長が問いかけてくる。
「はい、少しだけ。剣なら慣れていますが、こういう場は」
令嬢時代も、王太子殿下は私が人前に出て注目を浴びるのを好まなかった。
少しだけ昔を思い出してから、私は一度息を整える。
(でも、大丈夫)
今の私は、守られる側ではない。
「堂々としていろ。お前は俺の補佐官だ」
アークレイ団長の一言で、腹の底が落ち着く。
広間に足を踏み入れた瞬間、無数の視線がこちらに向いた。
ざわめきが広がり、ひそひそとした声があちこちから漏れる。
「あれが例の元婚約破棄された令嬢か」
「補佐官? 冗談だろう」
(好きに言えばいい)
私は気にせず壇上へ進み、王の前で整列した。
その時、背後から聞き慣れた声がかかる。
「……アリア、久しぶりだな」
振り向かなくても分かる。
私の元婚約者のオスカー王太子殿下だった。
「はい」
短く返すと、彼は私の鎧をジロジロと眺めた。
「ずいぶんと変わったな」
「あなたは変わりませんね。自分の都合でしか物を見ないところが」
私がそう返すと、彼の表情が僅かに歪んだ。
「……相変わらず口が悪いな。それでも婚約してやっていたのだから、寛大だったと思わないか」
「ええ、そうですね」
私は微笑みながら受け流す。
だが、王太子殿下は更に食い下がってきた。
「今からでも遅くない。その格好はやめて戻ってこい。君は本来、守られる側の人間だ」
(は?)
思わず内心で呟いてから、私はキッパリと言い放った。
「必要ありません。私は自分で戦えますので」
私にとって、それは決意を込めた重い言葉だ。
けれど、王太子殿下は不服そうに眉を寄せた。
「強がるな。騎士ごっこはもう十分だろう」
(やっぱり、何も見ていない)
私は小さく息を吐くと、一歩前へ出た。
「では証明しましょうか」
その瞬間、私たちのやりとりを見守っていた王の声が広間に響く。
「ならば、模擬戦を披露せよ。白銀騎士団補佐官、アリア・フォン・レイヴン。そして王太子よ」
「……!」
王の言葉に一瞬、広間は静まり返るが、すぐに歓声が沸き上がった。
◇ ◇ ◇
凱旋式の余興として、すぐに模擬戦の準備が整えられた。
ルールは簡単だ。
一対一で剣を向けあう真剣勝負。
「行ってこい」
「はい!」
アークレイ団長からの激励を受け、私は中央へ進み剣を抜く。
そこには既に、余裕綽々と言った表情の王太子殿下がいた。
「本気で来い」
「もちろんです」
試合開始の合図と同時に、私は勢いよく踏み込む。迷わない。
鋭い一撃を放つが、王太子殿下もそれに応じるように剣を振るった。
――キィン!!
刃と刃がぶつかる。
成程、確かに自信満々なだけあって、王太子殿下は弱くはない。
(ならば……)
そこからは壮絶な打ち合いになった。
双方、細かな牽制を挟みつつ、急所狙いの斬撃を繰り返す。
しかし次第に私は王太子殿下の勢いに押され、後方へと追いやられていった。
「ははは、先ほどまでの威勢はどうした、アリア!」
彼は嘲るように笑い、とどめの一撃を放とうとする。
そして勝利を確信したその慢心が、圧倒的な隙を生み出した。
(このときを待っていたわ!)
戦場で慣らされた私の目には、はっきりと見えた。
剣で叩くべき、その場所が。
「――そこだ!!」
低い位置から斬り上げた私の攻撃は、王太子殿下の剣を弾き飛ばした。
そのまま瞬きする間すら与えず、彼の首元へ刃を突きつける。
決着は一瞬だった。
「……勝負あり」
王太子殿下は愕然とした表情で膝をつく。
静寂の後の決着宣言に、会場のざわめきが一気に爆発する。
「王太子が負けただと」
「だが、殿下は剣聖に指導を受けているのだろう?」
「あの元令嬢、なんという速さだ!」
私は剣を収めてから、動くことができないでいる王太子殿下へ静かに言った。
「これが"騎士ごっこ"です」
「くっ……。くそ、これは、これは何かの間違いだ! 僕は――!!」
彼は屈辱で顔を歪めながら叫ぶが、言葉が続かなかった。
当然だ。この結果は、間違いなんかじゃない。
真剣勝負に、言い訳など必要ない。
(清々しい気持ちだわ)
この勝利は、私の積み重ねてきたものが正しかったと証明してくれる。
今までのモヤモヤした気持ちが、一気に晴れ渡った。
そのまま壇上へ戻ろうとした瞬間、腕を引かれる。
振り返れば、いつの間にかアークレイ団長が隣にいた。
「流石だ。見事な戦いだった」
団長はそのまま周囲の視線も気にせず、私を引き寄せる。
大衆が見守る中での大胆な行動に、私は狼狽えた。
「団長、どういうおつもりですか」
「宣言するには、丁度いい機会だからな」
抗議する私へ、団長は言い切った。
会場全体に聞こえる声で、彼は高らかに宣言する。
「いいか、アリアは俺の補佐官だ。――そして、誰にも渡す気はない」
会場内のざわめきが大きくなる。
それに、何か余計な台詞まで聞こえた気がする。
私は軽い目眩に襲われた。
それでも、団長は構わず続ける。
「今後、彼女に無礼を働く者がいれば、俺が相手になる」
団長からの牽制に、会場の空気が一気に張り詰めた。
こちらを見つめていた王太子殿下の顔が、青ざめていくのが視界に入る。
私は小声でひそひそと団長へ問いかける。
「……過保護では?」
「当然だ」
堂々とした満足げなその横顔を見て、私は思わず笑ってしまった。
「ふふっ」
(もういいや)
何だか、吹っ切れた心地がした。
もう過去も立場も関係ない。
私は前を向くと、力強く足を踏み出した。
(今なら、自分で自分を認められる気がする)
「団長。――隣、失礼します」
一言告げて、私は団長の隣に立つ。
私の行動に団長は唖然としてから、少し照れたように表情を綻ばせた。
私たちはそのまま並んで、王の前へと戻る。
「そういえば、夜は舞踏会があるそうだ。楽しみだな」
「はいっ!?」
ぼそりと言う団長の言葉に、私は動揺して声をあげた。
まだまだ、波乱が続く予感だ。




