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   ☆3☆


   ☆3☆


 炎華が新宿美術館の静謐な空間を歩くだけで、その姿自体が最早芸術と化してしまう。と言っても、言い過ぎではあるまい。そして、その横を颯爽と音もなく炎華について寄り添い歩くのは、かくいう我輩である。

 新宿美術館の警備員が目敏く我輩を見つけ、ネコを入れちゃいけません! 

 とか何とか、炎華を注意するが、炎華が鬼頭警部の紹介で来た事を告げると、警備員がチケットを確認。

 最重要な関係者のみに配られる特別なチケットだったので、突然、態度を改め、VIP扱いへと変わった。

 無論、炎華のパートナーである我輩も完全スルーである。

 我輩は周囲の美術品を駆けずり回り、客を驚かせる。

「ユキニャン。お痛はダメよ。おとなしくしなさい」

「ニャウ!」

 我輩はおとなしく炎華と並んで歩く。

「フニャア〜ア」

「退屈そうね」

「ニャウ!」

 芸術だ何だと言っても、我輩にとって絵は所詮、絵に描いたモチに過ぎない。

 我輩にとっては何の価値もない。

 芸術などという輩は、歪んだ商業主義が生み出した異形の怪物でしかない。

 それが、芸術の正体である。

 が、その場の空気に流されやすい人間は、それが分からない。

 言葉巧みに素晴らしいと囁かれれば、あっさり騙される。

 そもそも、画家が描いた当時は評価がゼロだった絵が、なぜ画家の死後に高評価を得るのか? 

 不可解としか言いようがない。

 我輩には理解出来ない豹変ぶりである。それとも、生前に画家の絵を評価した者たちは、押しなべて無能だった。という事であろうか? 

 我輩が愚考するに、画家の死後の評価はマヤカシでしかない、と結論する他はないのである。

 炎華が我輩に、

「世の中にはバンクシーのような下らない芸術が溢れているけれど、なかには、本物もあると思うのよ。今日は隠れた名作を探しに行きましょう」

 それが、春海の絵という事なのだろう。    

 我輩は首をひねりながらも、炎華につき従い、小ぢんまりとした春海の小さな展示スペースへと入って行った。

 薄暗い室内には天井から吊るされたライトが下がり、春海の絵を照らしていた。

 ボンヤリと浮かび上がる春海の絵は、幻想的かつ恐るべき技術に裏打ちされた。

 凄まじい絵だった。

 例えるなら、

 ピカソと、

 ゴッホと、

 ダビンチを足して三で割ったような摩訶不思議な春海ワールドである。

 見ているだけで頭が混乱する奇妙奇天烈な絵の数々。

 春海というのは天才か狂人のどちらかである事は間違いない。

 基本、神話をモチーフにしているのだが、どこまでも歪んでいたり、かと思うと細部は異様にリアリズムを追求したり。

「フニャニャニャ〜〜」

 見ているうちに我輩は情報量の多さに目眩がしてきた。

 炎華が心配そうに、

「あらあら、大丈夫かしら、ユキニャン。ちょっと刺激が強すぎたみたいね」

 言いながら炎華が我輩を抱っこする。

 炎華のヒンヤリとした滑らかな手で撫でられながら、我輩が絵から目を離すと、展示室の入口から女子高生が一人入ってきた。

 赤い制服を着ていて、油絵の道具一式をトートバックに詰めている。

 女子高生がパレットに油絵の具を出して絵筆を握ると、猛烈な勢いで展示してある絵を上書きするように、絵の具をこすりつけ始める。

 緻密な絵はあっという間に姿を消し、わけのわからない絵と化す。

 炎華は女子高生を一瞥すると眉をひそめ、

虹祭(にじまつり)学園の制服ね。晴海の関係者とも思えないけど」

 こんな滅茶苦茶な事をする関係者がいたら、たまったものではない。

 あっという間に警備員が駆けつけ、女子高生を羽交い締めに拘束する。しかし、絵はもう、元には戻らない。

 蓬髪気味のボサボサの髪を振り乱した女子高生は、警備員に取り押さえられているにも関わらず。まだ、絵筆を振るおうとする。

 炎華が、

「絵の作者が、絵を手直しするのは、問題ないと思わないかしら?」

 警備員が仰天する。

「えっ! まさかっ!?」

「ニャフッ!?」

 我輩もビックリである。

 先程は関係者じゃないとか、

 言ってたはずだが、

「フニャ〜?」

 炎華が首をひねる我輩に、

「関係者じゃないと言ったけど、本人ではない、とは言ってないわ」

 にっこり笑い、

 炎華が女子高生の髪をあげる。すると、春海展のパンフレットに紹介されている、春海の顔が現れた。

 警備員が平謝りし、平身低頭して引き下がった。

 春海が炎華を無視して、また絵を描き始める。

 炎華が部屋を出ようとすると、春海が振り向かずに、

「あたしの絵に興味があるのか?」

 暗い、鬱々とした響きの声で尋ねる。

 炎華もまた振り向く事なく、

「あなたの絵は本物だから、興味はあるわね」

「なら、虹祭学園の美術部に来な。今、新作を描いてるんだ」

「いいわね。どんな絵なのかしら?」

「テミスの剣」

 それっきり春海は押し黙って絵の手直しに集中した。

 炎華と我輩はそっと個展を抜け出した。

 新宿美術館を出たあと、炎華がつぶやく。

 「テミスの剣っていうのはね、ユキニャン。剣と天秤を持つ、審判の女神の事よ。さてと、裁かれるのは一体、誰なのかしらね?」

「ニュゥ?」

 炎華が何を言わんとしているのか? 

 我輩は炎華の心の奥底を測りかね、生返事を返す事しか出来なかった。


 

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