他の女と子を作った夫にはうんざりしたので、離縁致しました。
「ヘレンティーヌ。喜んでくれ。子が出来たんだ。愛しいアリーネに。これで跡継ぎは安泰だ」
この男は何を言っているのだと、ヘレンティーヌは持っている扇をへし折りたくなった。
嬉しそうに報告してくるハリストは、エテル伯爵家から婿に来た自分の夫である。
共に25歳。ヘレンティーヌ・ベルデルク公爵夫人は、公爵家の一人娘として生まれた。
一人娘なので、家を継ぐ為に婿を取らねばならない。
ハリストとは5年前に婚姻し、婿に入って来た男だ。現ベルデルク公爵である。
女性では公爵を継げないので、彼が公爵なのだが、あまりにも頭がお粗末すぎて、ヘレンティーヌは頭が痛くなった。
それでも、ハリストは凄い美男である。
金髪碧眼で彫刻のようなその顔はヘレンティーヌの好みであった。
頭さえお粗末でなければ、容姿は完璧である。だから、ヘレンティーヌはハリストを愛した。
とても大事にした。
ハリストが密かにアリーネという平民に入れあげている事は知っていた。
だが、多少の浮気は目を瞑った。
彼だって妻の顔色をうかがう生活では疲れるだろう。それに貴族の夫は愛人を持つのが当たり前のこのドトル王国。
強くは言えなかったのである。
心は嫉妬で渦巻いていたのだけれども。
高位貴族の夫人らしからぬ心の狭さと責められるのが怖かったので。
とある夜会では、
「わたくしの夫なんて愛人を2人も囲っているのですわ」
「わたくしの夫も愛人がいて。仕方ないですわよね。愛人の一人や二人。目を瞑るのが貴族夫人としての在り方ですわ」
だなんて、言っているものだから。
だからハリストの浮気も大目に見ていたのに、それなのに何?
子供が出来たですって?
ヘレンティーヌはハリストに向かって、
「いくら、わたくしと貴方の間に子が出来ないからって、なんですの?アリーネという虫けらとの間の子を我が公爵家の跡継ぎにですって?」
ハリストは慌てたように、
「だって私の血を引いているじゃないか。公爵である私の血を。構わないだろう」
「何を馬鹿な事を言っているのです。貴方は婿に来たことを忘れたのですか?」
「忘れてはいないけど、現公爵は私なんだし。愛しいアリーネとの子なんだし」
「解りました。アリーネは殺しましょう」
「へ?」
「我が公爵家を乗っ取ろうとするその虫を殺して構わないということね」
「乗っ取るって」
「我が公爵家の血を一滴も継いでいない、アリーネとの子を跡継ぎにですって?貴方の頭はスカスカなのかしら。まぁ元々、頭がスカスカなのは知っていましたけれども、顔が綺麗だから許していたのに」
「そのいい方はないだろう。そりゃ、私は頭が悪いかもしれないけれども、それなりに一生懸命やっているはずだ」
「わたくしが領地経営をやって、貴方はちょっと手伝っているだけじゃない?」
「ちょっとでも手伝っているし、公爵は男にしかなれないんだから、だいたい、私が公爵にならなければ、この家は潰れていたんだぞ」
「貴方でなくても、他に婿候補はいたのよ。貴方が顔がいいから、婿に選んで失敗したわ」
「私のいい所は顔だけか?そう言うところが嫌いなんだ」
「わたくしは貴方の顔だけが好きで後はどうでもよくてよ。アリーネという女、始末しておきます。それでよろしくて?」
「アリーネを始末するだなんてっ。君の心は魔物なのか?」
「ええ、わたくしはこの公爵家を守らなければならないわ。この公爵家の為なら、乗っ取りを企む女を始末することは必要な事だわ」
「アリーネを守る為に私は出ていくっ」
「ええ。構わなくてよ。その代わり、離婚して頂戴。わたくしは新しい婿を迎えないとならないから」
「離婚だと?」
「当然でしょう。アリーネを助けたいのなら、離婚が条件よ」
急にハリストは土下座して、
「ごめんなさい。申し訳ございませんでした。私が間違っておりました」
ハリストは路頭に迷うと解って謝って来た。
エテル伯爵家だって今は兄の代で出戻って来たハリストを再び迎える事は無いだろう。
ハリストと兄はとても仲が悪かったので。
しかし、ヘレンティーヌは思った。
いくら顔が美しくても、こんな頭が悪い男はもうウンザリだと。
「離縁致しましょう。わたくし、貴方に愛想がつきましたの」
「そ、そんなっ」
「アリーネの事は許してあげます。ですから、彼女と一緒に暮らしなさいな。どうぞお幸せに。そしてさようなら」
ハリストをヘレンティーヌは追い出した。
そしてさすがに後悔した。
ハリストと結婚したことにである。
再婚については、もっと頭が良くて、しっかりした人ではないと。
王家に頼んで、再婚相手を紹介して貰った。
「ヘレンティーヌ。久しぶり。私と再婚しようか」
「え?」
幼い頃、お兄様と言って懐いた王弟殿下がにこやかに立っていた。
「私も離婚していてね。今、独り身なんだよ」
自分より10歳年上の35歳。
黒髪で髭が似合うダンディーな王弟殿下シリウス様。
妻であるカテリーナとは、彼女の散財が酷く2年前に離婚しているという事は知っていた。
ヘレンティーヌは王弟殿下に、
「ベルデルク公爵になって下さるのですか?お兄様」
「ああ、でもお兄様呼びは勘弁して欲しいな」
手の甲に口づけられた。
シリウス王弟殿下はヘレンティーヌにとって初恋だ。
だから、この再婚に文句の言いようがなかった。
再婚に向けて、準備をしている頃、何故かシリウス王弟殿下に教会に慰問に行かないかと誘われた。
「教会に慰問なんて、珍しいですわね」
「君に見せたいものがあってね」
教会に行けば、孤児達がいて、シスター達に世話をされている。
シリウス王弟殿下とヘレンティーヌは教会に寄付をして、子供達にお菓子をあげたりしていたのだけれども、急に子供達が騒ぎ出した。
「ピヨピヨ精霊だ」
「ピヨピヨ精霊が来たぁ」
つぶらな瞳、まんまるの羽がついた着ぐるみが10体程入って来て、
「わぁいっ。ピヨピヨ精霊だぁ」
子供たちの一人が蹴りをいれたのか、一体がころんと転がってひっくりかえった上に、子供達が三人程乗っかって。
ヘレンティーヌはシリウス王弟殿下に、
「まぁ、起こしてあげなくてよいのかしら」
すると、ピヨピヨ精霊の着ぐるみの中から、
「へ、ヘレンティーヌなのか。私だ。私っ。ハリストだ。助けてくれーーー」
「ハリスト???」
そこへ、一人のムキムキがやってきて。
「彼は辺境騎士団で、正義を教え込まれている所です。手を貸さないようにお願いしますね」
「あ、あの……辺境騎士団って」
「正義を教え込む正義の騎士団です」
変……辺境騎士団って、男性の美男の屑を集めて、欲の対象にしているというあの?
アリーネはどうなったのかしら。一緒に暮らしているのではなかったの?
辺境騎士団にハリストはさらわれた?
でも、わたくしにはもう関係ないわ。
「ハリスト。わたくし、再婚することになりましたの。子が出来るかどうか解らないけれどもわたくし、シリウス様との子が欲しいわ。公爵家の血を引く子供が。ですから、どうかお元気で。辺境騎士団で頑張って下さいね」
着ぐるみは悲鳴を上げて。
「いやそのあのっ、私が悪かった。助けてくれーー。毎日辛くて、昼は慰問、夜は夜でムキムキ達に」
「わたくしは知りませんわ」
まぁ、可哀そうだけれども、わたくしには関係ない方。
わたくしはわたくしで幸せになるわ。
本当に裏切られた時は頭に来たけれども、今はシリウス様と結婚出来る幸せに浸っていましょうか。
ハリストの事を頭から追い出し、教会の外へシリウスと共に出たヘレンティーヌ。
空を見上げれば、青い空が広がって。
シリウスに手を握られて、幸せを感じるヘレンティーヌであった。