2-3 こんな生活送って子ども持ちたい奴なんて、いるわけないだろ
「なあ、良いのか? 家事も仕事も任せっきりで?」
この小太りの男は収入が低く、また容姿も優れているとは言えないが決して『なんでも奉仕してもらって当たり前』と考えるほど悪辣ではない。
少しバツが悪そうにそう尋ねるが、ミカは男の腕に抱き着いて、上目づかいで答える。
「気にしないでよ! 大好きなお兄ちゃんが喜んでくれるなら、私はそれが一番嬉しいんだから!」
「……リエルはさ。俺のどこが好きなの?」
その質問にはリエルが答える。
「どこって……。見た目も性格もそうだけど……あえて言うなら『あなたがあなただから……』かな」
後ろからミカも抱き着きながらうなづく。
「そう。傍にいるだけで暖かい気持ちになれるし、あなたの笑顔を見ると疲れも吹き飛ぶのよ?」
天使は「お金を稼いでくれるから好き」「可愛いから好き」というような「条件付きの愛」を有するようなことはない。
当然「優しいから好き」という表現も同様だ。
一見すると、この『優しいから好き』という発言は、相手の内面を考慮した発言にも見える。
しかし実際には『自分に優しくしてくれないと、好きじゃなくなる』と同義でもあり、悪い言い方をすれば『好き』という言葉で相手の利他的行動を強要しているとも言える。
そのため彼女たちは『理由はないけど、とにかく一緒にいたい』という、ある種最上級の誉め言葉を人間に使うのである。
「……ありがとうな……」
そういいながら、彼は嬉しそうにつぶやく。
「このまま3人で一緒に暮らせれば幸せだな……」
「え? ……いいの? お兄ちゃんはその……新しい家族とか……」
「ううん、俺はお前たちがいればそれでいいよ。他に欲しいものはないな」
この世界では『天使』は絶対に子どもを作れないように調整されている。
これは世界崩壊RTAのゲームのルールとして『遺伝子汚染を行うこと』が禁止されているからだ。
当然そのことを彼も知っているが、リエルやミカと三人で過ごす、現在の『つつましい生活』を送ることが何より楽しいのだろう、子どもを持とうとは考えていない。
その彼の発言に、リエルは少し感動したように手を合わせる。
「ありがと、お兄ちゃんはやっぱり優しいね……」
「そうか? ……別にそんなつもりはないけどな……」
そういうと、リエルはパン! と手を叩いた。
「そうだ、お兄ちゃん! 今日はさ! 3人でデートしようよ!」
「デート?」
「いいわね! お弁当を持って公園にピクニックに行きましょうよ! 私、お弁当作るから!」
「いいのか?」
「ええ。あなた、確か唐揚げが好きよね? 沢山作るから、楽しみにしてて?」
リエルは彼の派遣業を引き継いだが、当然生活水準はあまり高くない。
だが、そもそも『配偶者の稼ぎで贅沢な生活を送りたい』という欲を持つ人間パターンは、稀だ。
寧ろ「自分の今の生活を好きな人と当たり前に過ごしたい」と思うほうが圧倒的に多い。
こういう『お金はかからないデート』を楽しめる女性は『贅沢なランチを奢ってくれる女性』よりもずっと恋愛市場でも需要が高いとも言える。
そのこともあり、彼は嬉しそうにうなづいた。
「うん! ちょうど天気もいいし、楽しそうだね!」
「でしょ? で、そのあとはカラオケ行って、家に帰ったら朝までデートしよ? お兄ちゃん、そういうデートって憧れていたでしょ?」
そうリエルが尋ねると、男は少し後悔するような表情を見せた。
「ああ……。俺は……学生時代にあまりいい思い出がなかったからな……」
彼にとって、青春時代に楽しい思い出がなかったことは大きな心の傷となっている。
だが、彼女たち『天使』は、そのような彼の傷も敏感に察知しており、提案するデートはいささか『学生が喜びそうなデート』が中心となっている。
リエルは、
「辛かったよね、お兄ちゃん……」
とつぶやいた後、ミカと一緒に彼の両手をとって立ち上がらせると、笑って答える。
「これからの人生でさ! 浴衣着て縁日行ったり、クリスマスにイルミネーション見たり、
キッチンカーのクレープ食べたり、フェスに行ったり……色々やろうね!」
「人生はこれからよ! 私たちと3人で、青春をやり直しましょう?」
彼にとって、そういって『青春のやり直し』を一緒にしてくれる二人の存在はとても大きいのだろう(そもそも彼には同性の友人もいない)。
その発言に、少し涙ぐみながら答える。
「ああ、ありがとうな。ミカ、リエル……。嬉しくて泣きそうだよ」
その男が涙ぐむのをみて、二人は自身のまつげを彼にすり合わせる。
いわゆる『バタフライ・キス』という所作だ。
そして、ミカは答える。
「フフ、これからずっと、一緒にいられるわよ? 私たちは『天使』なんだから!」
『天使』の特徴として、不老というものがある。
また、絶対に浮気をせずに主人が死ぬまでずっと傍にいてくれる存在である(当然、主人が死んだときには殉死する)。
そのことも当然、男は知っているため、その発言を聴いて二人を抱きしめる。
そしてリエルは、
「もちろん私も一緒だからね! 人類よ、永劫たれ!」
そうつぶやきながら、男の唇にキスをした。