1-1 怒ることは動物でもできるけど笑うことはどうだろうか
「記録更新は失敗ね。どうやったの?」
残念そうな表情をした青年の横に、別の女性が現れた。
彼女もまた美しい容姿にどこか超然とした雰囲気を見せている。
「ああ……定石どおりだよ」
「定石?」
「男女間・人種間の対立を煽って、競争を激化させたんだ。それで何とか『男女戦争』を起こさせて、ようやっと全滅って感じだな」
「なるほどね、まあよくあるやり方よね。私も同じ方法を使ったけど……490年かかったかな」
そういいながら二人は楽しそうに談笑を始めた。
この『神々の世界』では、現在『世界崩壊RTA』という遊びが流行している。
これは、文明が始まった人類(彼ら『神』の感覚では西暦2020年頃が『文明の開始』である)に対して様々な介入を行い、人類を出来るだけ早く絶滅させる、という遊びだ。
そして、ここにいる彼らは人類の感覚でいうところの、いわゆる「※eスポーツ」のプレイヤーたちだ。
(※神と人類は住む次元が文字通り違うので、彼らにとって三次元への介入は人類が『二次元のゲームを行う感覚』というわけである)
彼らはこの事務所でゲームのプレイや実況などに日々邁進している。
二人は相変わらず『世界崩壊RTA』の記録更新について話し合っているようだった。
「やっぱりさ、差別発言を繰り返す『天使』を沢山作ったほうが良いかな?」
「うーん……。それよりもいいのは『過激な発言をする人を増やすこと』ね。天使だけに頑張らせても、対立の火種は大きくできないもの」
「つまり、『女はカスだ!』『男はゴミだ!』みたいなことを言う人を支持するってことか?」
「勿論それも大事よ。あと逆に『男も辛いけど女も苦しいよね』『嫌な面もあるけど、素敵な面もあるよね』っていう『中立的な発言』をしたら、その相手を全力で叩くの。そうすれば、過激な発言しか出来なくなっていく空気が作れるから」
「なるほど」
「大事なのはとにかく『怒り』ね。人類ってとにかく『怒ること』と『誰かを攻撃すること』が好きなのよ。そのためにSNSなんてものを作ったんじゃないかしら?」
「あはは! そりゃ言える!」
「それで、怒るためにニュースを見て、怒るために動画を見て、怒るために小説を読んでいる人が沢山いるもの。だから、そんな人類が大好きな『怒り』を拡散して戦争を起こすってわけ」
「逆に『誰かと笑い合うこと』はダメだな。あれは、戦争を遠ざけちまう」
「そうよ。だから楽しく笑っている人は、理由を付けて叩いて、退場させる必要があるわ。笑っていいのは『人を見下す笑い』だけ。そんな雰囲気を作らないとね!」
そこまで聴くと、男のほうは感心したようにうなづいた。
「さすがだな。やっぱり記録保持者は違うよ。確かお前の最高記録、480年だっけ?」
「ううん、こないだ更新して478年まで減らせたわ」
当然これは我々『人類』側からすれば、無意味で悪趣味な戦いにしか見えないだろう。
……だが、無論『神』の中にも彼らの凶行を気に入らない人間は勿論いる。
この男、セドナもその一人だ。
「悪趣味だな、人類を弄んで……」
彼もまた、この事務所に所属するeスポーツプレイヤーだ。
彼はこの『世界崩壊RTA』のようなゲームは行っておらず、代わりに『小惑星を最速で潜り抜けるゲーム』や『最強の円盤を作成し、プレイヤー間で対戦するゲーム』などを実施している。
そうこうしていると、会話がひと段落したのか先ほどの青年が声をかけてきた。
「なあ、セドナ? お前もやってみろよ、このゲーム!」
「いやだよ。僕は人類が好きなんだよ……」
だが、セドナはそういいながら、やや呆れるように苦笑した。