エピローグ なぜ人類は滅亡したのだろうか?
「……なるほど、まず起きたのが、深刻な少子高齢化による労働力不足だな」
パソコンを見ながら、同僚は答えた。
だが、それを聴いてセドナは信じられないといった表情で答えた
「そんなバカな! 僕は、『子どもを育てたくなる世界』を作ったはずなのに!」
そう、セドナはネットで調べた『どうすれば少子化が解消するか』に関する策は全て実施していた。
実際に、人類はほぼ全員が『天使』をあてがわれたことで性格が丸くなり、往来の場で子どもを罵倒することなどなくなっていた。
加えて、託児所の設置や産休・育休の充実など、いわゆる『少子化対策』と呼べる対策は『天使』を通して実施していた。
そのため、信じられないとばかりに同僚に尋ねると、彼は笑って答える。
「人類はその理想郷で『子育てする人生』より『天使と毎日を楽しく過ごす人生』を選んだみたいだな……」
彼がうつしたパソコンの画面には、ミカとリエルが、男と一緒に3人で楽しそうに、コンビニのホットスナックを食べながら、桜が舞う並木道を歩いている姿が映し出された。
育児は金だけではなく、時間も精神も大量に消費する必要がある。
だが、男は今の生活を壊してまで子どもが欲しくないというとも考えているのだろう。
その様子を見ながら、隣から女の同僚もパソコンを見せる。
「それとさ、それに人類には『夢中になれる、面白い仕事』ばかり与えたでしょ?」
こちらでは、天使ロージィと一緒に仕事に精を出す女性の姿が映し出されている。
彼女もまた、仕事にいそしんでおり育児をする気はないことは見ただけで分かる。
そして、彼女は答える。
「『ずっと今のままの生活を続けたい』って思える毎日を与えて……それで少子化を進めるなんて、斬新な発送ね、セドナ!」
当然セドナは人類を愛しているため、そのような結果は本位ではない。落ち込んだ表情でつぶやく。
「僕は、そんなつもりじゃなかったのに……」
だが、人類滅亡の要因は、当然それだけではない。
「それにさ、セドナ。お前、文化もズタズタに破壊しただろ?」
「え?」
同僚はそういいながら、またパソコンを開いた。
「ぶっちゃけさ。人類は、不幸になったほうが面白いコンテンツを作るもんだろ?」
「た、確かに……」
「ああ、それは分かるわ。確かに。ロックもパンクも、恵まれた幸せな人ばかりなら、生まれなかったわね」
なぜか人類は『平和で満たされた状態』よりも『苦痛に喘ぎながら、何かに渇望している状態』の方がいい曲を作る場合が多い。
それにはセドナも同意した。
そして、自分が行った行為が愚行であったことも同時に理解した。
「皆を幸福漬けにしたうえで、さらにどんな駄作もほめちぎる。そうやって文化を腐らせるなんてな」
「けど、文化が腐ったところで人類は困ったりしないんじゃ……」
「はあ、そんなわけないじゃない!」
人類が作った『失恋ソング』……というより、もはや元カレへの罵倒に近い『魂の叫び』を聴きながら、同僚は少し呆れたように笑う。
「文化が腐れば新しい価値観も生まれないし、社会も変化が止まるわ。……そこまで見越しているなんて、考えたわね」
彼女はそれを皮肉ではなく本気で言っている。
「け、けど! それだけで滅亡なんてしないでしょ! 『いい子の薬』を飲んで生まれた子は、戦争なんて『愚かなこと』はしないもの!」
だが、それでもセドナはあくまでも自分の行った介入は正しかったとばかりに両手を振り上げて主張する。
だが、同僚たちの反応は彼にとって意外なものだった。
「そうだな。それは俺も驚いたよ……」
「ええ。「いい子の薬」が、人類滅亡の切り札になるなんてね……」
「……え?」
そして同僚は、またパソコンを見せてきた。
「見ろよ、※深夜2時に起きた事件。気候変動で水不足になってるだろ?」
※人類の時間で換算すると、セドナが眠りについてから60年後である
「あ、本当だ……けど。これくらいの気候変動は普通じゃない?」
「まあ、人類の歴史全体から見ればな。けどさ、セドナの薬を飲んだ『いい大人』たちはさ。水不足になった時に老人や子どものように、弱者に水を分け与えたんだ」
「え……それっていいことじゃ……あ、まさか……」
「ああ。その『いい大人』達は脱水で死んだんだよ。全員を生かすには十分な水が足りなかったからな」
そう同僚はつぶやく。
よく「飲まず食わず」という表現があるが、正直「飲まず」と「食わず」の差は大きい。
それほど、渇きの苦しみは想像を絶するものだ。
通常、脱水状態が続いたら倫理観もなにもなくなり、とにかく他者から奪ってでも水を飲みたいと思うことだろう。
……だが、常に本能を律して理性で判断する『いい大人』達は、そんなことはしない。
集団内の水の総量が全員の生存に満たない場合、まず自分たちが渇きによって死ぬ。
飢えと異なり、渇きには猶予がないため、次の年に降水量が回復したとしても手遅れだ。
「それで、渇きによって大人が死んだら、弱者は生きられない。それがとどめになったな」
唯一人類の幸いは『笑って滅びた』ことだろう。
『獣のように奪い合い、憎み合ってでも生き延びる』ことよりも『人として、分かち合って、笑い合って死ぬ』ことを選んだ彼らの死に際の顔は安らかなものだった。
そうつぶやきながら、女の同僚も少し寂しそうな表情で答える。
「『弱者を切り捨てる』か『戦争で奪い合う』。そんな選択をしていたら、絶滅は免れたのにね」
「戦争をさせず、みんなで生き残ろうとして共倒れにさせる。斬新な手法だな、セドナ!」
人の心を文字通り持たない彼らは、なんの皮肉もこめていない。
自分たちの『対立させて、消滅させる』方法とは異なり『弱者を切り捨てないことによって、共倒れにさせる』という手法に感心したような表情を見せた。
だが、セドナは納得いかないようで、首を振る。
「そんな! 『いい子の薬』はそんな薬じゃない! 多様性を保つための薬だったんだよ! 薬を飲んだ彼らは……多様性を受け入れて、素敵な世界を作ると思ったのに……」
「あはは!面白い冗談だな」
その発言を一蹴するように同僚は笑って答える。
そして続けた発言は、今日一番セドナの胸に響いたものだった。
「『多様性を受け入れられる、賢くて優しい人』しかいない世界なんて、どこが多様なんだよ?」
「あ……」
「人間はいい奴も悪い奴もいるだろ? 利己的な奴、欲深な奴、価値観の古いな奴、排他的な奴……」
「そうよね。そんな、『多様性』があるから、しぶとく生き残るのよ。強くて優しい人がもてはやされるのは、その時が『優しさを持つことが生存で有利な時代』だからよ。普遍的なものじゃないわ?」
「気候変動が起きた時には、他人から奪ってでも生き延びようとする『優しくない奴』が必要だったのにな」
「う……」
「そんな、『多様性』があるから、人類はしぶとく生き残るのよ。その強さを人間自らに
『手放させる』なんて……私には考えもしなかったわ?」
そこまで言われてセドナはがっくりと頭を下げた。
自分が人類のために行ったことが全て逆効果だと分かったためだ。
そして同僚たちは楽しそうにつぶやく。
「この方法はきっと、みんな驚くわよ?」
「ああ、そうだな。早速拡散しよう!」
「あ、ちょっと……!」
セドナが止めるのも聴かずに、彼らはそういうと早速各地に動画を拡散した。
そして数日後。
元々「世界崩壊RTA」はこの世界では有名なゲームだったこともあり、たちまちこの「80年クリア」は広まった。
それからまもなく、セドナのやり方は『世界崩壊RTA』の主流なやり方になった。
そしてセドナは今、カメラの前で作り笑いを浮かべながら、挨拶をしていた。
「こんにちは、セドナです。さて、今回は世界崩壊RTAのコツを解説しますね。まず、最大の敵は、やっぱり人類の多様性です! それを奪うには、「正しい思想」を一つだけ作り、世界に広めることです!」
そんな風に言いながら、仕事をしていた。
彼のチャンネルには大量の視聴者がおり、
「流石だ……」
「初めて知った!」
といった具合に視聴者がコメントを残していた。
セドナは人類を愛しているとはいえ、やはり生活のためにはこのような仕事もしなければならない。
そのため、心の中では複雑な心境ながらも、自分が意図せずに達成した『世界崩壊RTA」の新記録を出す方法を丁寧に解説していた。