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河童の城

作者: 大橋勇

 私は上高地にいた。

 翌日、奥穂高岳に登る予定で、河童橋の近くに宿を取ったのである。夕食まで時間があるから翌日登る岳沢への道を確認しようと、河童橋から梓川の右岸を歩いて、その分岐点まで行ってみることにした。

 そのとき思い出した。

「芥川龍之介の小説『河童』の、あの河童の世界に主人公が落ちる穴はこの辺りにあるのではないか?」

私は少し笹藪の中に入ってみた。

 私も小説を書く人間であるので、何か話題が欲しかったのである。

「穴なんてあるわけないよな」

そう思って、また歩道の方へ引き返そうとしたとき、突然足が動かなくなった。

 私は自分の足下を見てギョッとした。

 土から手が出ていて、私の右足首を掴んでいるのだ。そこはぬかるんだ地面で、私は足を引っ張られずるずると地面の中に飲み込まれていった。

「たすけてー!」

私の声は森の中に響いたはずだが、近くには誰もいなかった。

 私はズブズブと土の中に飲み込まれていった。

 私は上半身だけ地中から出た状態で、大きく叫んだ。

「たすけてー!」

やはり誰も来ない。

 ついに首まで潜り込んだ。そして、容赦なく頭も土の中に埋まり込んでしまった。



 私は気づくと、フカフカのベッドの上に寝ていた。

 すると、私の顔を河童が覗き込んでいた。口は嘴で、頭には皿があり、体は緑色だった。背中に甲羅はなかった。ワイシャツとズボンを着ていて、蝶ネクタイまで着けていた。

 私は驚きを禁じ得なかった。河童は実在するのだ。あの芥川龍之介の小説はただの架空の小説ではなかった。

「お目覚めですか?」

私の顔を覗き込んでいた河童が言った。

 私は寝たまま訊いた。

「ここはどこだ?河童の世界なのか?」

「そうでございます。驚かれましたか?」

「ああ、もちろん驚いた。でも、芥川龍之介の小説である程度、気構えができていたかな」

「芥川様ですか」

「知ってるのか?」

「以前、ここで王様をやっていた方でございます」

「え?」

「ここは河童の世界。ここは王城の王の寝室でございます」

私は辺りを見た。なるほど、洋風だが、国王の寝室に相応しい贅沢な部屋だと一瞥で知ることが出来た。

「あなたは、河童の王になられたのでございます」

「え?」

「私たち河童の男は生殖能力がございません。だから、定期的に人間界から男をひとり王として招いて、河童の女たちに種を植え付けていただくことになっています」

私はポカンとその髭のある河童を見ていた。

 髭の河童はパチンと指を鳴らした。

 すると、寝室の扉が開き、外から河童の若い娘が現れた。

「今夜はこの娘と一夜を過ごしていただきたく思います」

私はその河童の娘を見ていた。顔は河童で面白くないが、体は引き締まった、美しい形をしている。私は股間が疼いた。

髭の河童は言った。

「では、わたくしはこれで」

髭の河童は部屋から出て行った。

私は娘の河童と寝室でふたりきりになった。

娘の河童はスルスルと服を脱ぎ始めた。河童は人間と同じ服を着ていたのである。

その体は緑色だが美しい若い娘の体だった。

河童の娘は恥ずかしそうに言う。

「あなたも脱いでください。私ばかりが裸だなんて恥ずかしいですわ」

私は服を脱ぎ全裸になった。一物はビンビンに堅くなっていた。

 河童の娘は私のいるベッドに乗ってきた。

「ああ、逞しい方」

娘は私の一物をいじり始めた。私も娘の股間をいじり始めて、ふたりはベッドの上で逆さまに体を重ね、それぞれが、お互いの性器を舐め合うようなカタチになった。娘の体は想像していたヌメヌメとした体ではなく、人間の女のようにすべすべとしていた。そして、娘は体の向きを直して私の唇を吸った。しかし、河童の口は嘴になっている。人間同士のように気持ちの良いキスではなかったが、私は興奮していたため、その人間でない口を受け入れる快感に酔っていた。そして、ふたりは激しく交わった。

 私は恥ずかしながらこのとき始めて女を抱いたのである。昔から女を抱きたいとは思っていたが、勇気がなく女と付き合うことさえ出来ないでいた。それがどうだ?この河童の世界に来たら、いきなり女を抱けた。いい。ツイている。

 娘の中で果てると、先ほどの河童が食事の載ったワゴンを運んで部屋に入って来た。

「どうでしょう?河童の娘は?」

私は答えた。

「ああ、最高だね。こんなのを毎日やれたらそれ以上のことはないね」

「そうですか、それは良かった。あなたにはこの部屋でしばらくは河童の娘たちと交わっていただきます」

「え?何人くらい?」

「千人はいるでしょうか」

「せ、千人?」

河童は言う。

「こちらのワゴンに夕食をご用意しました。また新しい娘が来ます。彼女と食事をし、再び交わってください」

私はそう言われると、また股間が熱くなった。

 先に抱いた娘は出て行った。代わりに、また美しい河童の若い娘が入って来た。

 彼女はベッドに腰掛ける私の横に座り、ワインを勧めてきた。高級なワインだった。ワゴンに載っている肉も最上級の肉であろうと思われた。

「俺は王様か?」

私はなんとも言えない贅沢な気持ちになった。しかも、隣には今夜寝床を共にする二人目の女がいるのだ。

 私は食べながら、隣の娘のスカートに手を入れてみた。

「まあ、気がお早い」

娘は笑った。

 私は娘のパンツの中に指を入れた。河童といえども陰毛はあった。

 私はもう抑えきれなくなり、食事もほどほどに、娘をベッドに押し倒した。

 服を脱がし、胸を揉んだ。柔らかい人間の女と同じ胸。その谷間に顔を埋めてみた。私は夢に見ていたことを悉く実行した。

 二人目は一人目よりアソコの締まりが良かった。きつく締め付けてくる感じがたまらなかった。

 また女の中で果てた。

 いつのまにか私は眠っていた。

 翌朝、目が醒めると、隣に女はいなかった。私は同じ部屋でキングサイズのベッドに寝ていた。部屋の扉を開けて、髭の河童が料理を載せたワゴンを持ってきた。

「いかがでしょう?ふたり河童の娘を抱いてみて」

「ああ、最高だよ。いつまでもこんな暮らしがしてみたいよ」

河童は言う。

「三年以上はここにいて、娘たちを毎日抱いていただきます。あなたは女王アリのように生殖だけを担当していただきます。我が河童の世界でそれは絶対に必要なことなのです」

「三年・・・生活が保障され、三年間、女を抱くことだけを考えていたらいいのか、極楽だな」

私は朝食を食べた。

「そういえば、外の景色はどうなっているだろう?」

私は部屋の中を見回した。窓がない。壁の上の方に明かり取りの窓があるだけで、部屋の中からでは外を見ることは出来ない。

「どんな世界なんだろう?」

そう思っているところへ新しい娘が来た。前のふたりよりもセクシーな娘だった。

 娘はいきなり私に抱きついてきた。

「ああ、旦那様!」

そう言われると、私の一物は臨戦態勢に入っていた。

 裸の私は彼女の服を脱がし、ベッドに押し倒した。私は彼女の体中を舐めた。私は「女体はいかなる宝石にも勝る宝である」と格言を思いついた。どんなに大金持ちの男でも性欲の対象は同じ女である。女を貪るときの男に貧富の差はない。そんなことを考えながら、私は夢中で河童の娘の体をむさぼり尽くした。そして、挿入し、腰を動かした。

「ああ、俺はなんて幸運な男だろう。昨日から続けて三人目だ」

私は三人目の中で果てた。

 娘は言う。

「いかがでしたか?私のカラダは?」

「最高だったよ」

そして、私は途中まで手をつけていた朝食の続きを食べた。

 娘は部屋を出て行った。

 私は明かり取りの窓を見て、「河童の世界がどうなっているのか見に行きたいな」と思った。

 すると、四人目の娘が、扉を開いて入って来た。

 私はその体を見た。三人目よりセクシーだと思った。

 しかし、私は三人も一晩で抱いてしまうと、他のことがしたくなった。

「ねえ、僕をこの部屋から出して、外の世界を案内してくれないかな?河童の世界を見てみたいんだ」

娘は答えた。

「それは無理です。あなたは王様。王様の仕事は生殖活動のみです」

「そんなことわかってるよ。だけど、外を見たいのが人情じゃないか?」

「王様は庶民の自由と引き換えに王座に着いているのですよ」

「いつ、そんな契約をした?」

「ここへ来た人間の男にはそれを強制的に契約させられます。そして、千人抱いたら元の世界に戻るのです」

「まだ、君で四人目じゃないか。先は長いな」

「あなたが望まれたことです」

「僕が?」

「千人の女を抱いてみたいと思ったことはありませんか?」

「ああ、ある。でも!」

「夢がここで実現したんですよ?」

私はハーレムで遊び尽くしたいと思ったことを思い出した。しかし、実際にそのような環境に置かれると、別のことを考えるのだろうか?私はこのときようやく、自分は奥穂高岳に登るために上高地に来ていたことを思いだした。奥穂高岳には前にも登ったことがあって、その景色が忘れられずもう一度、あの雲上の世界に遊んでみたいと、ひとりで上高地に来たのだ。

 河童の世界は地下の世界である。空の上に行きたかった私は、地下で女を貪ることに夢中になっていた。女も捨てがたいが、雲の上の世界も捨て難かった。

 私はとりあえず四人目を抱いた。

 四人目が退出したときには昼になっていた。また髭の河童がワゴンで朝食を運んできた。

「ここの娘たちはどうでしょう?」

「最高だね。ただ・・・」

「ただ、なんです?」

「少し気分転換をしたい。あの扉の鍵は外からかけてあるね?」

「左様でございます。王様が逃げないためでございます」

「じゃあ、僕は閉じ込められているのか?」

「ええ、閉じ込められています。楽園に」

「楽園・・・」

私は奥穂高の山頂を思った。

「そこは楽園だったじゃないか?しかし、この部屋も、食事と女に不自由しない楽園である。どっちがいいだろうか?」

 五人目の娘が来た。

 部屋ではふたりきりだ。私はこの娘に質問した。

「昔、芥川龍之介もここの王をやっていたのか?」

娘は答える。

「ええ、おばあさまから聞いた話ですけど、芥川様はそりゃ、絶倫でいらしたとか」

「へ~そうなの」

芥川が絶倫であるかどうかは私にはどうでもよかった。

 私は芥川がどうやって、元の世界に戻ったか知りたかった。

 それを娘に聞くと、答えてくれた。

「王城の中庭に井戸があります。そこへ芥川龍之介は飛び込んで帰らぬ人となったとか」

「帰らぬ人、つまりこの河童の世界に帰らぬ人となって、つまり人間界に帰れたんだな」

「人間界に帰ったかどうかは知りません」

「いや、『河童』という小説を書いているから、帰ったのだろう。しかし、あの作品には狂気が垣間見られる。俺も正常なまま人間界に戻れるだろうか?」

五人目の娘は言った。

「抱いて」

私は五人目を抱き寄せた。

 私という人間は自分の精力がほとほと恥ずかしい。五人目も濃厚な時間を過ごした上に、フィニッシュまでいったのである。

 しかし、五人目には時間がかかった。もう明かり取りの窓からは西日が差している。

 夕食も五人目と共に摂った。

 私は逃亡を決心した。

 夕食のワゴンが片付けられるとき、扉は開くだろう。そのときに強引に外へ出てしまおう。外に兵士がいるかもしれない、しかし、その時はその時、五人目の娘に中庭の井戸に導いてくれる約束を取り付けている。

 私は五人目と夕食を食べた。

「芥川龍之介はどうやって井戸まで行ったんだい?」

私が訊くと、娘は答えた。

「河童の兵士を蹴散らして行ったそうです」

「芥川が?あのヒョロヒョロな人が?」

「河童は腕力が弱いのです。人間ならば何百人の河童を相手にしても素手で勝つことが出来るでしょう」

「じゃあ、楽勝じゃないか」

「でも、人間界に戻るには条件があるのです」

娘は言う。

「代わりの王を連れてこなければなりません」

「そんなの知ったことか?」

「いいえ、連れてこなければ、あなたにかかった魔法は取れません」

「魔法?」

「魔法がかかったまま人間界に戻れば死にます。この魔法は人間が河童の世界で生きていくための魔法でもあります」

「じゃあ、どうすればいいんだ?」

「井戸に飛び込んだら、横穴があります。そこを進むと、泥の壁があります。そこに手を突っ込んでください、人間の足を掴むことが出来ますから。その人間を、人間の男を引きずり出すのです」

「そうしたら僕はどうすればいい?」

「井戸の外へ、『おーい、新しい男を引っ張り込んだぞ』と叫んでから泥の壁に潜っていくのです」

「泥の壁に?呼吸は出来るのか?」

「河童の魔法が解けるまでに抜け出せば窒息はしません」

「なるほど、それが河童の魔法か」

髭の河童がワゴンを片付けに来た。

 私は彼が出て行くとそのあとについて出た。

 扉の外の河童の兵士は言った。

「あ、こら、王様は出ちゃいかん」

ふたりの槍を持った兵士がいたが、私はふたりをぶん投げてしまった。

「河童は弱いな」

私は王城の廊下を走った。兵士たちが私の邪魔をしても私は余裕で彼らを倒して先へ進んだ。

 そして、中庭に出た。

 そこには古い井戸があった。

 覗き込むと、井戸の底は虹色に光っていた。魔法の井戸だ。

 私はバケツを汲み上げるためのロープを伝って下へ降りていった。

 井戸の底には確かに横穴があった。私はそこを進んで行った。すると、泥の壁に突き当たった。私は腕をその泥の中に入れた。すると、誰かの足首を掴む感触があった。私はその足をこちら側に引きずり込んだ。それは若い男だった。彼は気絶していた。私は彼を背負って横穴から出ると、井戸の入り口を見上げて言った。

「おーい、新しい男を引っ張り込んだぞ」

私は男を井戸のそこに置いて、また横穴に入り泥の壁の前に立った。

 私はその泥の中に入って行った。


 気づくと、私は上高地の笹の中で眠っていた。

 夢だったのか?

 しかし、私の服は泥まみれだった。

                                  (了)


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