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第3話 長い夜

 

 あたりが暗くなってきたので、あたしは街に戻った。

 

 背の高い石造りの建物が所狭しと並んでいて、歩道も同じ石でできている。街全体が灰色がかっていて、殺伐とした雰囲気を醸し出している。


 路地に入ると一気に道幅が狭くなり、静けさとその先に続く暗闇が、別世界へと誘う入口のように見える。



「お姉さん! よかったら、このあとご飯一緒に食べませんか?」


「俺たち美味しそうなお店見つけたんだ! ご馳走するよ!」


 静けさ……。


「うぉ!? 細い! 暗い! 怖い!」


「ダンテ! 大丈夫だよ! 俺が後ろ歩くから、前行っていいよ」


 別世界……。


「お姉さーーーん!!」


「わっ! ム、ムイ! 後ろからおっきい声出されたらビックリする!」


「えっ? あ、そっか。うん? でも俺たちお姉さんにずっとそうしてるけど、それはいいのかな?」



 聞こえない聞こえない聞こえない。

 あたしはそそくさと路地を抜けて、広い道に出た。



「あ、ほら、ダンテ。出口だよ!」


「あ、よかった。怖かったー」



 それからまた二人が後ろから大声で話しかけるもんだから、通行人があたしたちを変な目で見る。これ以上目立つのはごめんだ。



 あたしは振り向き、二人をギラッと睨みつけた。


「うるさい。静かにして」


 二人は姿勢を正してピタッと止まる。なんか犬みたい。


「お姉さんがご飯を一緒に食べてくれるまで、やめません」


「ご飯食べたらどっか行ってくれるの?」


「ご飯食べたら一緒に魔王を倒しに行くんだよ!」


 ……駄目だ。何を言っても。



「俺たち、道案内できます!」


「食堂ならあたしのほうが詳しいわよ。間に合ってます」


「違うよ。魔王がいるところまで案内できるんだ」


「!!」


 あたしは目を見開いた。


 建物の間を風が抜け、唸り声のような音が響く。あたりはとっくに真っ暗になっていて、壁にかかっている灯りだけがあたしたちを照らしていた。


「どうして、知ってるの……」


 二人を見つめる。知っているわけはない、そんなの誰も知らない。だからみんな探しているのに。知っている人で、戻ってきた人は一人もいないんだから。


 ……あたしをはめようとしている? まさか魔王の手先?


 二人は真剣な表情であたしを真っ直ぐ見つめる。



「信じて」

「信じて」



 とても嘘を言っているように見えない。彼らのことをまだ何も知らないのに、本当かもしれないと思ってしまった自分は、どうかしているのかもしれない。



「その話は、ご飯を食べながらどうですか?」


「ご馳走するよ」


 してやったり、という顔で笑う二人。

 ……こんなの断れるわけがない。



 結局、あたしはまんまと二人とご飯を食べることになってしまった。








「カーラ、なんだそいつらは?」


「……ランデル……」


 体格のよい男が、両手に大きな皿を乗せてやって来た。


 青い髪を後頭部でギュッとお団子にしている。かわいい花がらのエプロンを着ているというのに、太い首や筋肉質な腕のせいでかなりチグハグな見た目になっている。



「知り合いか? 二人ともかっこいいじゃねえか!」


 そう言って大皿の料理をテーブルにドンッと置く。ジューシーな骨つき肉と爽やかなドレッシングが香る山盛りのサラダ、ジュースが3つ。



「かっこいい!?」

「いい匂いですね!」

「いただきまーす!」


 二人は料理がくるなり自分の皿にとりわけ始めた。


「ちょっと、あなたたち。嘘でも褒めてもらってるんだから、無視して食べるんじゃないの」


「ふぇ?」


「ふぁ! ふぅみまふぇん」


 すでに口をパンパンにしていた。


「いや、いいよ別に。こんなおいしそうに食べてくれてんだから、それが一番だ!」


 ランデルは大きな口をあけてガハハと笑う。怪獣みたいだ。店内はお客さんで溢れかえっていて騒がしく、ランデルの大きな声も誰も気にしない。


「ありがとうございます!」

「おいしい!」


「まったくもー」


 仕方なくあたしも肉を皿によそう。



「んで、誰なんだ?」


「カーラさんの仲間です」


 パッツンが答える。


「……仲間ぁ!? なんだそりゃ? カーラ、どういう風の吹き回しだ?」


 ランデルの大声がキーンとする。


「ちーがーう。ほんと、勘弁してほしい。勝手に言ってるのよ」


「これはもう決定事項なんですよ」

 

「そうだよ! 絶対一緒に行くんだよ!」


 二人は自信満々だ。


「おまえが誰かとつるむなんて、珍しいなあ。いよいよ魔王でも倒しにいくのか?」


「どうしてこれが魔王を倒すことにつながるのよ」


「腹をくくったのかと思ってよ。仲間がいるほうが、頑張れるだろ」


「弾除けにしかならないわよ。あたしは一人でもやれるの。この子たちがしつこいからこうなってるだけ」


「よく言うよ。まこうとおもえば簡単にまけるくせに」


「うっ」


 それは言わないでほしい。あたしは肉を頬張って誤魔化した。



 すると、テーブルの下からからひょこっと可愛らしい顔が出てきた。

 ピンクの髪をランデルと同じようにお団子にして、ランデルのエプロンと同じ柄のワンピースを着ている。


「サリイ。さっきは手紙を届けてくれてありがとう。すごく嬉しかったわ。お友達にも、ありがとうって言っておいてくれる?」


 あたしはサリイに笑いかける。けれど彼女はぷいっとそっぽを向いて、なぜかあたしの向かいに座るパッツンときのこ頭の席の間に行った。



「サリイちゃん、こんにちは」


「その服かわいいね。俺もおそろいにしようかな」


 二人が話しかけると、サリイはニコッと笑った。そして小さな手で二人の手を握ると、こっちこっちと言ってどこかに連れて行った。


「な……なんであたしは駄目で、あいつらはいいのよ……」


 ショックだ。サリイに連れられて2階の階段を上る二人。


「あの子人見知りなのに、なんであいつらは平気なのー……。あたし1年くらいこの街にいるのに、初対面のやつらに負けるなんて……」


 あたしは両手で顔を覆った。屈辱だ。


「うーん、かっこいいからかなあ……。それにほら、二人ともいい子だろ? サリイにはそれがわかるんだよ。仲間になってもいいと思うぞ」


「何よ。じゃ、あたしは悪い人だって言いたいの?」


 指の隙間からランデルを睨みつける。


「いやいや! そうじゃねえよ! なんかこう、なんかあんだろ! 子供に好かれる体質なんだよ、あいつらはさ! 単純に!」


「ふん! ジュース!」


 あたしは飲み終わったグラスをランデルにぐりぐりと押し付ける。


「へいへい、おかわりだな」


 ランデルはやれやれという顔をして一旦キッチンへ戻った。




 店内は勇者を目指す人間で溢れかえっていて、みな口々に熱い思いを語っていた。外の殺伐とした雰囲気とは打って変わって、酒場だけはいつも賑わっている。


 お互いを鼓舞しあい、肩を抱き合う者もいれば、どちらが先に魔王を倒せるかでいがみあいになっている者もいる。この街ではよく見る光景だ。



「おまえらどんな魔法がほしいんだ?」

「どんな怪我でも治る魔法かな」

「おれは金持ちになる魔法」

「報酬貰えるんだからその魔法いらねえだろ」「たしか死者を蘇らせるのは無理なんだよな?」

「じゃ私は未来が見える魔法がほしいです」「それなら過去に行く魔法もありだよな」

「過去行ってなにすんだよ」

「ぼくはめちゃくちゃ強い魔法がほしいなあ」

「みんな漠然としすぎじゃねえか?」



 みんな楽しそうね。

 まあ、夢を見るのは自由だから。


 

「ほらよ」


 先程とは違う色のジュースがテーブルに置かれた。


「ありがと」


「だが本当にどうしたんだ? 訳ありか? まあ、無理には聞かねえけど」


「まあ……ちょっと、気になることがあってね」



 さすがに魔王への道を知っていることは言わないほうがいいだろう。ランデルは信頼できる人間だけど、あたしが話すことで何かに巻き込んでしまう可能性もある。



「そうだ、あたしと同じ戦闘スタイルの人で、もう死んでる人って誰か心当たりある?」


「うん?」


「40歳くらいの男性で、背が低くてムキムキでっていう人」


「え? うーん、剣と魔法両方使うやつらは何人か知ってはいるが、そんなやついたかなあ。みんな変わり者ばっかで親しかったやつなんていないが……。すまねえ、わからねえわ」


「あら、変わり者で悪かったわね」


「ん? ああ! あははははは!!」


 ランデルは笑ってごまかした。

 まあ、剣と魔法、両方使おうなんて考えるのは、たいていおかしなやつだ。セコイとか卑怯とか、どっちつかずな半端者とか呼ばれることもある。


「だいたい、おまえの戦い方はおっかねえからな。下手に真似したら仲間ごと殺しかねねえ。わはははは!」


「真似するやつは自己責任でやってほしいわ。あの子たちも、同じ戦い方なんだけどね」


「おまえが教えたんだろ?」


「そんなわけないでしょ? さっき会ったばかりなんだってば」


「あ、そうだったな! わははは!」


 まったく。あたしはジュースをぐいっと飲み干した。


「おい、おまえら、くれぐれも周りに誰かいる時に剣をぶん回しながら砲撃すんじゃねえぞ! まじで死人がでるからな」


「死人がでたんですか?」


 パッツンが戻ってきた。きのこ頭はまだサリイと階段で遊んでいるようだ。サリイがきのこ頭の背中を指で押している。どうやら文字を書いて当てる遊びをしているようだ。


「おおげさなのよ。死ぬ一歩手前くらいでしょ。こんなにピンピンしてよくいうわ」


「俺は奇跡的に助かったんだよ」


「へえ、その話聞きたいです!」


 


 その夜は、久しぶりに誰かと長く話をした夜だった。こんな日があっても悪くないと思えたのは、いよいよ魔王へ挑む日が近づいているからかもしれない。

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