1.覚醒
空気が張り詰めている。
「ふぅぅぅぅ」
炉に火を入れて空気を送り炎を強くする。
慎重に温度を上げていく。
工房に充満する熱気と音を聞きながら玉鋼の入れ時を見極める。
────ジュゥゥゥッ
玉鋼を入れて沸騰するような音がするまで熱して取り出す。取り出したら力一杯ハンマーで叩いていく。
折り重ねたらまた熱する。
これを繰り返すこと十数回。
千層以上の層を作ったら引き伸ばしていく。
ようやく刀の形になってきた。そして形を整えたら波紋を付けるための処理をして置いておく。
この刀はここまでだ。
昨日仕込んでいた刀の研磨に入る。
研磨機で慎重に薄くしていく。
綺麗に直刃の刃文が現れてくる。
「一本できたぞ!」
「はい! 持っていきまっす!」
刃が出来たらすぐに他の柄や鍔、鞘の職人の元へと順番に持っていく。
そうしてようやく刀は完成する。全部が一体になって素晴らしい刀になるのだ。
俺たちはジスパーダ、日本の魔人戦闘部隊の生産部隊、刀剣班である。
工房に一人の刀剣部隊員がやって来た。
「おう。刃! 俺の刀できたか?」
部隊の中でも親友と呼べる男。背はあまり高くないが細マッチョで女子部隊員から人気の薄い顔。そんな天地 秀人は刀を催促しに来たらしい。
「今から仕上げんだよ! ちょっとまってろ!」
工房へと入ると一本の綺麗な刀身を取ると銘を入れる。
『神明』
それが秀人に渡す刀の銘だ。
「武藤さん。その刀身もあっちに回すんすか?」
「あぁ。天地用だって言って渡してもらえるか?すまんな」
「了解っす!」
しばらく待っていると完成した刀を持ってきてくれた。
「ほらよ。これが秀人の新しい刀だ。銘は『神明』」
「はっ! 天地神明ってか?」
そう言いながら鞘から刀を出して刀身を確認する。
「カッコイイだろ?」
「あぁ。いいな。身が引き締まるぜ」
刃文に目を巡らせ、口角を上げて獰猛な顔をしていた。今日はこれから任務で大きな牛の魔物である牛鬼を倒しに行くらしい。
昨日から少し胸騒ぎがしていて心配だが、俺のやることは完成度の高い刀を渡すことしか出来ない。それこそ、魂を込めて製造している。
「今回の魔物は強敵なんだろ?」
「あぁ。まぁな。この前行ったパーティは全滅した。彼らも中々古株だったんだがな」
「秀人達は何人で行くんだ?」
「俺達も一パーティで行く。隊長にお前達なら大丈夫っていってもらったからな。負けねぇさ」
秀人の目には闘志が宿っていた。絶対に倒してやろうという気概が感じられ、魔力が体から迸っている。
彼らのように魔力に目覚めた人は魔人と呼ばれ、異世界化する現代で魔物相手に戦う人となっている。
俺は魔力がないが、じいさんから伝授された刀鍛冶の技術が見込まれてジスパーダにスカウトされたのだ。
それからもう十年以上経つ。俺も歳をとったが、まだまだ現役だ。
「俺の刀を持っていくんだ。負けんなよ!?」
「あぁ。必ず帰ってくる」
その夜旅立って行った。
◇◆◇
あれから数日たったその日は、製造が終わったあとだった。
突如、幼馴染の莉奈が工房へと駆け込んできた。
「おぉ、どうした?」
「秀人の部隊が!」
「おぉ。帰ってきたか?」
莉奈の目には涙が浮かび、ただ事ではない雰囲気を漂わせている。一体どうしたというのか。
「秀人の部隊……全滅した」
頭の中で何かが切れた。
漲る力。体が内から熱が上がってくる。
炎が吹き上がる。
「秀人が? そ、そんな……くっそぉぉ」
静かに怒りを露わにする俺の視界を青い炎が覆いつくし、身体に言い知れぬ力が湧き上がってきた。
突然、異世界に行った記憶が甦ってきた。
俺は、異世界に召喚されて勇者と言われ、魔王を倒してこの世界に帰ってきたんだった。
帰ってきた後は、神の意向でその時の記憶を封印されて過ごしていたようだ。あの時は仲間もいたが誰だったかという事まではまだ思い出せない。
この世界に戻ってきた時は既に魔物が出るようになり、魔法が使えるようになっていた。
今の俺は三十歳だが、異世界化が始まったのは百年以上昔からだと言われている。現在もまだ異世界化は進んでいて、年々強い魔物が出現するようになっているんだとか。
「刃!? 大丈夫!?」
その言葉で現実に引き戻された。
不思議な感覚に陥ってしまう。異世界での生活も何十年送ったあとに脅威がなくなったため、戻ってきた。年齢が戻ってまた人生を歩み出している。
魔力を魔力器官に収束させる。
現代でも魔力が使えるようになり、これで俺は再び魔力が使えるようになった。
「あぁ。大丈夫だ。取り乱してすまなかった」
「ううん。怒ってくれてありがとう。みんな冷めた反応だったから……」
「ここではよく人が死ぬ。だから、冷めた反応なのも仕方がないのかもしれない。すまない。みんなに代わって謝る」
目を瞑り秀人の顔を脳裏の思い浮かべて亡くなったことを偲ぶ。
(秀人、俺は必ず仇をとる。見ていてくれ)
「莉奈、秀人の仇は俺が必ずとる!」
「でも、刃は魔人じゃないでしょ?」
「たった今、魔人になった。俺は必ず秀人の仇を討つ!」
青い炎が俺の胸の中で燃えていた。