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序章 03

「ごちそうさま!」


「ごちそうさまでした」

「ご馳走様」


「おそまつさまでした」


 各々が食事を終えて食器を下げる。朝食が済んだら修業だ。

 トオルと身支度を終え、「いってきます」と二人で家を出る。



 朝一人で走った道を二人で駆けていく。

 訓練場に着くと、既にミサが修業をしていた。いつも一番乗りだ。


「おーい、ミサ、おはよ」

 声を掛けると、ミサはこちらを振り返りひらひらと手を振った。


「おはよ、二人とも」

「お前また『武』の修業してんのか?」

 トオルは額に汗を浮かべたミサを見ながら言う。


「だって『魔』が全然強くならないんだもん。それにこっちの方が性に合ってる、しっ!」

 言いながら巻藁に回し蹴りを打ち込む。ドシィ、と重い音が残る。

「いいよなー。『愛』と『魔』と『武』だろ。かっけーし強そうじゃん」


 ミサは俺達三人、いや、村の子供達の中でも一人だけ『器』が三つ埋まっている。

 大人なら珍しくないが、十四歳という若さで三つは天才的だ。

 だが、ここ数年は『魔』の修業をしているところを見たことが無い。

『魔』の修業に飽き、息抜きとして素手で巻藁を叩いているうちに『器』に『武』が埋まったらしい。なんと不公平なんだろう。

 今では『魔』は料理で火を使う時や、洗濯物や髪の毛を乾かす時にしか使わないらしい。勿体ない。


「トオルは『剣』だけでいくんでしょ?そっちも格好いいよ」

「おう、俺はコイツ一筋だからな」

 と言って、コンコンと木剣を叩く。


 トオルはまだ『愛』と『剣』だけらしい。『剣』を伸ばしたいからと言って、『剣』の修業しかしない。

 実際、トオルの考えは一般的で、長所を伸ばしていく方が強くなると言われている。


「ユウは、まだ『愛』だけ?」

「うん。『愛』だけ」


 そう。『愛』だけ。『器』四つの『愛』だけ。



 俺は「半人前の儀」の後、村にある文書を片っ端から調べた。

『器』について。『器』を埋める″モノ″について。


『器』が四つ埋まっている人間は、実は珍しくない。埋めるだけなら難しいことではなく、熟年層なら大抵の人は四つ埋まっている。

 重要なのが、『器』の中身。

『器』の中身で《称号》が決まる、と本に書いてあった。

 《剣聖》の称号になるには、『器』の中身が『愛』『剣』『剣』『剣』。

 《賢者》は『愛』『魔』『魔』『知』。

 こんな感じ。でも本によって『器』の中身が違っていた。


 ある本には、《剣聖》に『器』の中身を聞いたところ、『愛』『剣』『剣』『魔』と語っていたとある。

 でも別の本、別の世代の《剣聖》は、元々『愛』一つしかなかったところから『愛』『剣』『武』『魔』で埋めたという。


 そんな例が他に何種類もある。本の記述が間違っているのか、《剣聖》達が嘘を言っているのか。

 仮に事実だとしたら、称号に対して『器』の中身が必ず一定とは限らない、ということだ。

 条件を満たせばその称号になるのか。

 これに関しては調べようがない。当人のみぞ知る。


『器』について調べていて、俺が一番興味を持ったのが『器』の中身の″塗り替え″。

 ″塗り替え″とは、文字通り一度埋まった『器』の中身を別のモノで塗り替える、ということらしい。

 正に俺が探し求めていた方法なのだが……本によると、″塗り替え″が起きるのは極めて稀らしい。それに″塗り替え″があったとされる事例は全て「後天性のモノ」のみ。

 先天性、つまり「親から与えられたモノが塗り替えられた」という事例は、どの本にも載っていない。


――簡単に言うと、親から貰った『愛』は″塗り替え″られない。

 そして、『器』の中身が四つ同じ、『愛』が四つ、なんて前例はどこにも無かった。


 そのことにいつも絶望し、それでも、藁にも縋る思いで訓練を続け、村中にある本を読み漁った。

 何もない、空っぽ真っ白の『器』を埋めるのとはわけが違う。

 既に塗られた色の上に新しい色を塗って変えてしまうのだから、濁りやすい。中途半端は駄目。

 ″塗り替え″には多くの時間と努力が必要。しかし『愛』は″塗り替え″られない――



「大丈夫だって。『器』の空きが三つもあるんだから選びたい放題じゃん。なあ?」

 トオルに声を掛けられ現実に戻る。


 二人には、というか村人全員には俺の『器』は『愛』一つだけということにしている。

 調べようがないからバレないし、『器』が一つしか埋まっていない、なんて嘘を吐くメリットは無いから、疑われてもいない。

 先程の《剣聖》の例ように大器晩成型とも言われるが、晩成しないことの方が多く、揶揄されたり虐めの対象になるからだ。

 間違って『愛』と『剣』なんて言ったらすぐに嘘だとバレただろう。俺には『剣』の才能が無い。

 今朝の修業の通り『魔』の才能も無かった。


 だから俺は表向きには『知』を極めていく、と周りに言っている。一番可能性があると信じて。

 こっそり早朝に『剣』と『魔』の訓練をしているのも、少しでも他の可能性を零さないようにする為。

 いつか「旅に出る」なんて言い出しかねない二人と一緒にいる為。二人と並び立つ為――



「そうそう。それだけ村中の本を読んでれば『知』なんてすぐよ」

 とミサは励ましてくれる。二人は『愛』しかない俺に分け隔てなく接してくれる親友であり、幼馴染だ。

 だから、言えない。この五年間で、村中の書物は全て読み終えて三週目だなんて。


「ミサも『知』を鍛えればいいのに。折角『魔』があるんだから、相性が良いよ」

「あー、無理無理。『魔』と『知』の相性がいくら良くったって、私と本の相性が最悪よ」

 うげー、と苦い顔でミサは答える。本当に勿体ない。『魔』と『知』を鍛えれば《賢者》になれる可能性だってあるのに。


 同時に、まあそうだよな、とも思う。生まれた時からの幼馴染だ。性格や癖だって知っている。

 ミサには《賢者》なんて似合わない。本を読む暇があるなら体を動かしていたい。そんな女の子だ。


「私は『武』を伸ばしていくって決めたの! 目指せ《拳聖(けんせい)》!」

 そう言ってミサは拳を高々と掲げた。

「だからトオルはその(いしずえ)ってことで、ヨロシク~」

 その拳をトオルに向けると、クイクイッと手招きする。

「っ! 誰が礎だぁ誰が! お前こそ《剣聖(けんせい)》の経験値になりやがれ!」

 安い挑発に乗ったトオルは、ミサとの組手用に作った布を巻いた木剣(これでも結構痛い)を手に取り向かっていく。

 俺はそんな二人を横目に、家から持ってきた既に二度読み終えた本を読み返す。



 昼頃になると一旦修業を終え、各自家に戻り昼食を取り、また訓練場で同じことを繰り返し、日が暮れる前に解散する。

 家に帰って修業の汗を流した後、夕飯を食べ、部屋に戻る。

 部屋に戻ったら筋トレと瞑想、そして本を数ページ読み、ベッドに入る。

「おやすみ」

 今日もいつも通りの一日が終わった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


誤字、誤用、その他気になる点がありましたら指摘してください。


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